松本充郎先生-追悼集-

松本さんとの思い出

 

「松本さんとの思い出」

瀧井克也(OSIPP教授)


 

 

 

いつも絶やすことのない笑み。どんな話題でも丁寧に対応される誠実さ。学問に対する真摯な態度。不正を決して許そうとしない正義感。
モノレールで大学に行く途中、書物に読みふけっている松本さんにお会いすることがよくあった。声をかけると、必ず、にこにことした笑みを浮かべながら、迷惑がることもなく、本を閉じ、話を合わせてくれる。そのほほえみがいつも心地よい。私は、モノレールを降り、松本さんと研究室に向かう10分ほどの時間が好きだった。時には、水資源に係るご自身の研究について話を伺った。また別の時には、正議論について、お互いの意見を交わした。分野外であるはずの経済学に関しても、しっかりと見識を持っておられ、経済学者独特の意見もしっかりと受け止めてくれた。うれしかった。気兼ねなくかわされる松本さんとの議論が私には居心地がよかった。

入院中、何度か病室にお伺いしたことがあった。突然の来客であるにもかかわらず、いつもにこやかに迎えてくれた。以前よりもお痩せになってはいたが、その前向きな姿には、見舞いに行った私のほうが元気にさせられた。病室にはやはりいくつかの読みかけの本があった。単著を書き上げるために調べ物をしているのだという。自然と、以前と変わらない会話が始まる。現在書いている論文の内容、最近のOSIPPでのニュース。病室に伺うたびに、安らいだ気持ちになり帰っていったのを覚えている。

しばらくして、5階の廊下をあるいていると見知らぬ人から会釈をされた。誰だったかなと思いながら、会釈を返し、階段を降りようとした。ハッとして振り返ると、いつもの笑顔がそこにあった。病院から退院されて、自宅療養をしているが、研究のために書物を取りに来たのだという。いつもの前向きな姿にほっとした。

7月の教授会において訃報を知らされた。一瞬、意味が分からなかった。この前会ったばかりではないか。次の日の告別式の最中も実感がもてなかった。私と同様、事態が呑み込めていないのであろう下のお子さんの無邪気な姿が痛々しかった。喪主のあいさつの中で、最後まで単著の執筆に取り組んでいたことを聞かされた。あ~っと思った。この人は、最後の最後まで前を向いていたのだ。私たちには苦しみの表情一つ見せることなく。自分には到底そんなことはできないと思った。

松本さん。寂しいです。もう一度、会いたいです。もう一度、話がしたいです。私は、あなたのようには生きることはできないかもしれませんが、あなたと出会えた幸運をかみしめながら、私なりに今を生きていこうと思います。本当にありがとうございました。どうか安らかにお眠りください。

2019年4月 大阪大学豊中キャンパスにて撮影