教員紹介:沈燕妮 助教
2023.6.26
教員紹介:沈燕妮 助教
2023年4月1日付で大阪大学国際公共政策研究科(OSIPP)の助教に着任した沈燕妮先生にインタビューを行いました。沈先生は健康経済学・開発経済学を専門とし、2023年3月にOSIPP博士後期課程を修了しています。
(写真:豊中キャンパスの中山池を背景に)
これまでの経歴を教えて下さい
私は中国で学部生時代を過ごしました。当時は理系で専攻はロジスティック(物流工学)でした。日本の文化に興味を持ったことから、日本語を学び、大学卒業後に日本へ留学することを決めました。日本の大学院への進学にあたり、日本でも研究が盛んな経済学に専門を変更し、北海道大学とスウェーデンのイェーテボリ大学においてダブルディグリーで経済学の修士号を取得しました。その後、OSIPP博士後期課程に進学し、小原美紀教授の指導のもとで国際公共政策の博士号を取得しました。
研究者を目指したきっかけのようなものはありますか?
イェーテボリ大学で出会ったAlpaslan Akay先生の研究が私にとって非常に興味深く、研究のおもしろさに気づいたことが研究者を目指すきっかけとなりました。その研究は、中国の農村部から都市に移住して働く移民を対象とし、他人と自分の所得の比較が主観的幸福感に与える影響を分析していました。自分と比較したときに他人の収入が高いと、妬みなどの感情が自分の幸福感に負の影響を与える場合があると考えられます。一方で、他人が高所得を得ているのを見て、自分も将来同じように高収入を得られると期待し、幸福感に正の影響を与える可能性も考えられます。この研究では、他人と比較したときの相対所得(自分の所得水準)が幸福感に及ぼす効果や、比較対象となるグループの年齢や住居地といった特性によって、その効果が異なることを実証的に分析していました。Akay先生に出会うまでは、研究とは“現実とかけ離れたテーマを扱う”というような印象を持っていましたが、こうした身近で興味深いテーマを実証分析できることを知り、研究というものに魅力を感じました。また、OSIPPでの指導教員であった小原先生から学生へのメッセージにも「データから新しい発見をする楽しさだけでなく、当たり前と言われていることをデータで確認する地味な喜びを皆さんと共有したいと思います。研究はとても楽しいです」とあり、身近な事象を研究する研究者になりたいと思うようになりました。
これまでの研究について紹介していただけますか?
私は、経済発展の途中で生じる政策や発展が人々のウェルビーイング(幸福感・満足度・健康)に与える影響に興味を持っています。私の研究の一つは、中国のUrban Housing Demolition(都市住宅の取り壊し政策)の消費へのピア効果(ある人の影響によってその周囲の人の行動が変化すること)を検証するものです。中国では都市化と開発のために、政府が主導する大規模な建物の取り壊しが行われていています。これによって自宅が取り壊された家計には巨額の補助金が支払われるので、人々は自分の家が取り壊しの対象になることを願っています。例えば、2015年には、国民一人当たりの平均可処分所得は年間21,966元(約44万円)であるのに対し、取り壊しの対象になった家の持ち主には平均的に908,918元(約1800万円)の補助金が支給されました。取り壊しの結果、予期せず巨額の富を得た家計は消費を大幅に増加させますが、この事象が、周囲の人々の消費活動も増加させるというピア効果があるのではないかと私は考えました。そこで、操作変数法(取り壊し政策のような予期できないランダムな介入を利用して因果効果を明らかにする方法)を使用してこの仮説を検証した結果、私の仮説通りピア効果があることを示しました。
現在取り組んでいる研究について教えてください
現在は、他のウェルビーイングに影響を与えうる政策として中国の長期介護保険制度に注目し、その効果を分析しています。中国政府が「長期介護保険制度試行に関する指針」を発表し、2016年に中国国内の15都市が先立って試験的に長期介護保険制度を導入しました。その後、この制度は2020年には49都市に拡大し、2022年3月末までに1億4500万人が制度の対象となり、保険金の受給者総数は172万人に達しています。この研究では、長期介護保険を受けることにより、お年寄りの健康、家族介護者(主には女性)の労働供給にはどの影響を与えているかを明らかにしたいと思っています。私がこの研究で面白いと思う点が二つあります。一つ目は、被保険者に対する直接の効果だけでなく、家族介護者への影響という間接的な効果も分析するというところです。長期介護保険により、被保険者は医療施設へのアクセスが容易になり、家族介護者によるケアの負担が減少する結果、家族介護者の時間配分や労働供給にも間接的に影響を及ぼす可能性があります。二つ目は、発展途上国を対象とした知見を得ることで、既存の先進国を対象とした研究の結果と比較し、長期介護保険制度の効果がどのように異なるかを確認することができるところです。
沈先生は、この春までOSIPPの博士後期課程に在籍していました。学生の視点から、また教員の視点からOSIPPの魅力を教えてください。
OSIPPでの学生時代は、日常的に研究の相談や議論ができる環境でした。小原先生のゼミでは、ゼミ生たちがそれぞれの研究テーマに関する知識や経験などを共有して、多角的な議論を行っていました。ゼミの時間以外での交流も盛んで、ゼミ生たちがお互いに尊重し信頼しあう関係を築いていたため、ゼミの雰囲気はとても素晴らしかったです。博士後期課程の2年目では、当時博士後期課程の3年次だった王冬琴助教と一緒に共著論文を書いたことも良い思い出です。毎日のようにデータを分析して結果を報告し、2人で論文を書いていました。学生同士が共著で論文を執筆するにあたり、困ったことがあった場合は、OSIPPの教員のみなさんが親身になって相談に乗ってくれました。また、毎週水曜日に開催されるOSIPP lunch seminar (OLS)でも、実証や理論など幅広い分野の研究発表に参加することができ、他の教員のコメントやその返答からも学ぶことがたくさんあります。また、学生時代は英文校正助成などのOSIPPの学生支援の手厚さも魅力的でした。教員になってからも雰囲気がよいという印象は変わらず、他の教員の方々もフレンドリーで、常に研究に関して気軽に議論できる環境です。研究者としてのキャリアをOSIPPで始められていることをとても嬉しく思います。
(OSIPP博士前期課程 池内里桜)
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助教 沈燕妮 SHEN Yanni
研究テーマ:Topics on development and well-being
専門分野:健康経済学・開発経済学
学位:Ph.D. in International Public Policy (大阪大学)
<代表的な業績>
[1] “Sanitation and Work Time: Evidence from the Toilet Revolution in Rural China.” with Dongqin Wang, 2022. World Development, 158, 105992.
[2] “Peer Effects on Consumption: Evidence from China.” 2022, working paper.
[3] “The cost of happy Internet time: An examination of the causal impact on well-being and health.” with Miki Kohara, 2022, working paper.
<参画している研究プロジェクト>
The effect of long-term care insurance