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【研究紹介:松林哲也教授】
「研究者として、自分が社会に貢献できることは何か」

【研究紹介:松林哲也教授】

「研究者として、自分が社会に貢献できることは何か」


シリーズ「研究紹介」では、OSIPPに在籍する先生方の最新の研究を紹介しています。今回は、政治学、政治経済学および社会医学を専門にされている松林哲也教授にインタビューしました。

 

 

1.以前から「自殺」について研究されていますが、コロナ禍における「自殺」に関しては、どのような研究をされていますか

コロナ禍における社会で、どのような人の精神健康状態が悪くなったかなどの研究をしています。その研究の結果、例えば、職を失った人や非正規労働者のような経済的に弱い立場にある人の精神健康状態は悪いということが分かりました。それに加えて、自身の経済状況が悪化していると感じている人や、年齢層別にみると若年層や中年層のメンタルヘルスが悪化していることが分かりました。労働者の場合は、経済的要因に加えて、自粛生活や在宅勤務の増加などにより、自宅での仕事と育児の両立が必要になるといった環境の変化がメンタルヘルスの悪化に影響を及ぼしているようです。 Ueda, M., Stickley, A., Sueki, H. and Matsubayashi, T., Mental health status of the general population in Japan during the COVID-19 pandemic. Psychiatry Clin. Neurosci., 74: 505-506.(2020) https://doi.org/10.1111/pcn.13105

また、昨年には、パンデミック開始後の自殺率の変化に関する研究も行いました。パンデミック初期(2020年前半)の自殺率は、過去数年間(2017-2019年)の自殺率よりも低下しましたが、2020年7月以降は一転して過去のそれを上回っています。今回の研究により、この変化の主な要因は、女性の自殺率の上昇にあることが分かりました。コロナ禍において、女性のメンタルヘルスが悪化していたことや、女性労働者が所得の低下や失業で経済状態が悪化していることが理由として考えられます。

Michiko Ueda, Robert Nordström, Tetsuya Matsubayashi, Suicide and mental health during the COVID-19 pandemic in Japan, Journal of Public Health, 2021;,fdab113 
https://doi.org/10.1093/pubmed/fdab113

 

2.もともと政治学を主に研究されていたと思うのですが、社会医学にも興味を持ったきっかけは何でしょうか。

日本では、2000年頃から2010年頃にかけて自殺でなくなる方が30,000人を超えていたのですが、「なぜこんなに多くの人が自殺で亡くなるのか、政治にできることはないのか、社会科学者として自分が貢献できることはないのか」という思いで研究を始めました。政治学では、今起きている問題に対してすぐに役立つ知見を提示するのは難しいのですが、医学や公衆衛生学ではそれが実現できる可能性があまた、この分野は、社会科学分野の研究者から見ると、分析手法の改善が可能なのではと感じます。そのため、社会科学的方法に基づいて分析を行い、公衆衛生学でも因果関係について議論を行えるような証拠を提示したいという思いで研究を行っています。

そして、これらの研究の中で、1つ学んだことがあります。それは、論文の書き方が公衆衛生医学と社会科学では異なるということです。公衆衛生医学ではIMRD(I:Introduction, M:Method, R:Result, D:Discussion)という4つのセクションに完全に分けて論文を執筆しますが、この論法を使うととても読みやすい論文になります。一方、社会科学では論文の構成の仕方は多様で統一されていません。従って、私は社会医学以外のトピックで論文を執筆するときにもIMRDの論法を使用しており、学生に文章の書き方を教えるときも、それに倣った書き方をするように指導しています。この論法を習得できたことは、社会医学分野での研究で得られた思いがけない成果です。

 

3.松林先生は新しい研究テーマを見つけ出すペースが速いと思います。アイデアを見つけるコツは何でしょうか。普段から心がけていることはありますか。

おもしろいと思ったトピックがあれば、すぐに分析してみたりして感触を確かめるようにしています。また、自分の研究分野に関する新聞報道にもかなりの注意を払っています。朝日新聞と日本経済新聞は毎日読むようにしていますし、他にもNew York Times(米)、ロイターニュース(英)、ナショナルパブリックラジオ(NPR, 米)をチェックしています。アメリカの政治はキャッチアップできるように意識しています。

これらに加えて、他の先生方との日常的な会話の中でアイデアが浮かぶこともあります。

 

4.今後はどのような研究をされる予定でしょうか。最近興味を持たれているのは、どのような分野でしょうか。

今後は、昭和の時代における政治や投票参加について、どんどん研究をしていくつもりです。年齢を重ねるにしたがって「自分たちがどこから来たのか」、特に戦後の日本の歴史に興味がでてきました。

 

感想

筆者は、松林先生には学部生の時からゼミ生として指導を受けているのですが、改めてお話を聞くと先生について知らないことはまだまだあるなと感じました。“社会医学に興味を持たれた理由”は、その中の1つでした。
RA(Research Assistant:研究室での研究補助業務のアルバイト)もさせていただいているので、“これからの研究”についてのお話を伺った時には「データ集めが大変そうだな…」とも思いましたが、平成生まれの筆者には、昭和から平成、令和まで過ごされている先生によって行われる研究がどのようなものになるのか、とても楽しみです。

(OSIPP博士前期課程 千馬あさひ)

※松林先生の研究については以下を参照

research map:https://researchmap.jp/tmatsubayashi

ホームページ:https://sites.google.com/site/tetsuyamatsubayashi/home?authuser=0

 

筆者と松林先生