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【研究紹介:石瀬寛和准教授】
「行ったり来たり、見方を変える」

【研究紹介:石瀬寛和准教授】


シリーズ「研究紹介」では、OSIPPに在籍する先生方の最新の研究を紹介しています。今回は、マクロ経済学を専門に研究されている石瀬寛和准教授にインタビューしました。
(写真:2016年に研究室にて撮影)

 

 

1.現在取り組んでいる研究内容についてお聞かせください

この6年ほど、物価上昇率や名目為替レートといった名目変数と貿易の関係を長期的な視点で分析しており、それに関していくつかの論文を書いています。まず、論文 “Optimal Long-run Inflation Rate in an Open Economy” では「物価上昇率が恒常的に貿易に影響を与えるとき、貿易当事国にとって望ましい物価上昇率の水準はどうなるか」について理論分析を行いました。中央銀行は、年率2%程度のプラスが望ましい物価上昇率としています。一方で、学術研究の知見における望ましい物価上昇率はプラスではなく、古典的な理論では最適物価上昇率はマイナス(デフレーションの状態)で、価格に硬直性がある状況を考えた場合でも長期的にはゼロになります。こうした矛盾点を踏まえて、長期的に物価上昇率が生産や消費などの実物面に与える影響の経路の可能性を考えているときに、もしかしたら貿易を通じた効果もあるのではないかと思いつきました。実際にモデルを書いて考えてみると、貿易を考慮したときに、長期的に望ましい物価上昇率がゼロより大きくなるケースもあることが確認できました。

European Trade Study Group Conference
参加時の様子 @Warsaw,Poland(2018年)

貿易と物価に関する議論をするとき、通常は「物価上昇率が変わると、為替が変わり、その結果貿易に影響を与える」という短期的なものに留まります。しかし、この研究では「恒常的な物価上昇が産業構造に影響を及ぼし、貿易のパターンにも影響を与える」という長期的な影響を示しました。今回のこの論文は学術誌 European Economic Review に掲載されましたが、それは、長期的な貿易の決定要因として従来は全く考えられていなかった経路を提示したことに意義があると評価されたためではと考えています。

前述の論文は、物価上昇率が貿易に影響を与えているというのが前提になっています。ではそれは本当なのか実証的に確認してみようということで、別の論文においては「物価の上昇率が長期的に産業構造そのものに影響を及ぼし、その結果、貿易のパターンにも影響を与える」という仮説を立て実証分析をしています。具体的には、物価上昇率が恒常的に高い国では、価格変更が難しい中間投入物を使っている産業は、仕入れ値の上昇につれて売値を上げたいのに価格が変えられないので最適な取引が難しく、そのような産業の生産物の輸出は恒常的に少ないというロジックです。その他にも、名目為替の変動が大きい国と小さい国での貿易パターンの違いを調べる論文も書いています。

 

2.この研究に取り組むことになったきっかけを教えてください

私が学部生だった頃はバブル崩壊後の経済低迷期だったのですが、その頃から漠然と“経済がうまくいかないのはなぜだろう”という問いがありました。「日本はデフレ不況」とよく言われますが、そもそも「名目価格の持続的な下落」という意味合いでしかない「デフレーション」と「景気の一時的な後退」という意味の「不況」を同一視することは適切ではありません。それを踏まえると、「日本の長期停滞の原因は何か? デフレーションと長期停滞は関係あるのか? 関係があるとしてどちらかがどちらかの原因か? 」と問いを立てることができます。もっと抽象的には「経済成長にとって望ましい物価変化率は何か?」という問いを立てることもできます。それが今回の一連の研究の始まりでした。

 

3.この研究の魅力や面白いところはどんなところですか

この一連の研究は、モデルを立てて分析し、データで検証し、またモデルに戻って考えるという形で、理論分析と実証分析を行ったり来たりしながら研究しています。データの背後にどのようなメカニズムが存在するのかを考えるときに、モデルが念頭にあると、因果関係の整理ができたり、結果の解釈を容易にしたり、思いもよらない結果が得られた時にもその原因を考えたりすることができます。モデルを立てて分析していると、最初は思いもしなかったことが分かるというのは面白いところです。

オンラインでのインタビュ―の様子(写真右:筆者)

OSIPPにはデータを使う実証分析に興味を持つ学生が多く、それはとてもよいことだと思います。しかし、モデルそのものを推定するまではしなくとも、実証分析を行う際にもモデルを念頭に置くことでさらに可能性が大きく広がります。

 

 

4. 大学院でこの分野を研究していくためには、どういった勉強をしておく必要があると思われますか

身も蓋もないですが、経済学の応用分野を研究するためには前提として経済学の基礎が分かっていないといけません。ミクロ経済学と計量経済学、さらにその基礎となる数学をきちんと勉強しておくことが大事です。また、紙と鉛筆でできることには限りがあるので、Python等の数値計算と統計分析のプログラミング言語を学んでおくと有利です。

ただ、これらはどうしても無味乾燥な勉強になりがちなので、実際の応用例を取り上げたものも読んでみるとよいと思います。「データに基づいてこういうことが言える」という計量分析の面白さについて、最近はネット上などでよく取り上げられていたり書籍が出版されたりしています。理論分析のものを挙げると、Gary Becker教授がRichard Posner教授とやっていたブログはその面白さが味わえると思います。ここでは、数式化したモデルで理論分析をしているというわけではありませんが、需要と供給やインセンティブ、制約、均衡などに基づく経済的な理論を用いて、様々な具体的事象に共通する構造を示しています。一部をまとめたものは邦訳出版もされています。

 

5.先生の指導スタイルや指導学生の研究テーマをお聞かせください    

私が指導している学生の研究テーマの多くが私自身のそれと違っていることが特徴的だと思います。一例を挙げると、私が主指導教員だった王冬琴さんが今年の3月に博士号を取りました。彼女の研究テーマは発展途上国の健康問題でした。

このように多様な研究テーマの指導学生が集まる理由としては、私は他の先生と比べ、経済学の様々な分野に関して浅くとも広く知っているというところにあるのだと思います。大学院生の時から“おもしろいと思うことはやってみる”というスタンスで勉強をしていたので、結果的にいろんな分野の知識を持つこととなりました。今でもなるべくそれらの知識をアップデートするように心がけています。

 

感想

筆者はOSIPPで毎週水曜日に開催されているOSIPP lunch seminar (OLS)において、石瀬先生はどのようなトピックや分析手法の研究発表に対しても鋭い質問や有益なアドバイスをされている印象を持っていました。今回の取材で、石瀬先生が様々な分野に関心を持たれ、現在は1つの大きな問いに対して理論分析と実証分析の両方からアプローチされているということを知り、先生の視点の広さの所以を知ることができたように思います。

(法学部国際公共政策学科 池内里桜)

LA郊外のAntelope Valleyに行った時の写真。(2022年4月)