セミナー・シンポジウム

稲垣精二氏(第一生命ホールディングス株式会社会長)特別講義

「“地球沸騰化”時代の到来-次世代を担う皆さんへのメッセージ-」


2024年1月19日、OSIPP招へい教授である稲垣精二氏(第一生命ホールディングス株式会社会長)による「“地球沸騰化”時代の到来-次世代を担う皆さんへのメッセージ-」と題した特別講義が国際公共政策研究科(OSIPP)講義シアターにて開催された。
(写真:稲垣氏による講義の様子)

 

本講義は、OSIPP及び法学部で開講している「ESGインテグレーションの理論と実践」の一環として、またESGインテグレーション研究教育センター(ESG-IREC)主催の下、大阪大学の学生を対象に公開された。会場には留学生を含め、学部・研究科を横断して多くの学生が詰めかけ、教員を含む80人の参加を得て、急遽座席を増設するほどの盛況ぶりであった。

星野先生による稲垣氏紹介の様子

授業では冒頭、本科目を担当する星野俊也先生(OSIPP招へい教授・ESG-IREC共同代表、国連システム監査官)が稲垣氏の紹介とともに第一生命とESG-IRECとの間で進められている共同研究について概観した後、稲垣氏の講義に入った。同氏はまず、アントニオ・グテーレス国連事務総長の「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰化の時代が到来した」との言葉に触れ、一連のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)報告書や人間活動の加速化との連関などにも触れ、いまや“地球沸騰化”と呼ぶべき時代を迎えていることに自身も強い危機感を抱いていることを訴えた。

続いて、以上の認識のもと稲垣教授が直接かかわっている取り組みについての紹介があった。その1つが2021年の気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)の際に発足したグラスゴー金融同盟(GFANZ:Glasgow Financial Alliance for Net Zero)である。GFANZは2050年までに温暖化ガス排出量の実質ゼロを後押しする世界の有力な金融機関から構成され、稲垣氏はプリンシパルズ・グループの中心メンバーとして同盟の発足当初から活躍している。昨年6月に新設されたGFANZ日本支部の議長に就任し、気候変動ファイナンスにおいてリーダーシップを発揮している。また、責任投資原則(PRI)や気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)などをはじめとする既存のグローバルなルールメイキングの動向を概観するなかで、稲垣氏は、将来的な目標は世界で共有しつつも、取り組み方についてはそれぞれの国や地域の事情や特性を考慮する必要があるとし、「アジアの取り組み方」や「日本固有のアプローチ」を発信する意義などを指摘。加えて日本は課題の発見や解決の力はあってもルールメイキングが弱いことを指摘し、今後、ルールメイキングの面にもより積極的に注力し、競争力を高めていく重要性について強調した。

企業経営のあり方については、これまで多くの企業が市場競争に任せ、株主へのリターンを重視する株主資本主義をはじめとした新自由主義によって格差の拡大や自然資本を毀損してしまった反省から、今後はサステイナブルな資本主義、将来の世代を含むあらゆるステークホルダーがリターンを得られるような資本主義、いわゆる「新しい資本主義」を模索しているとした。そうしたなか、第一生命グループでは“Protect and improve the well-being of all”をミッションとして掲げ、生命保険は「世代を超えるビジネス」であるとの認識から、子孫が安心して暮らせる社会を残すことも使命であると捉えてサステナビリティの向上に取り組んでいると述べた。

講義の終わりにあたり、稲垣氏は、銀行預金や生命保険、年金や株式などを通じた投資が活用されて経済がなりたっていること、そして自らが拠出した資金がいかに使われ、社会課題解決に適切に活用されているかを見極める金融リテラシーを向上させること、社会課題解決に向けた国内外、官民でのさまざまな「ルールメイキング」の動きに関心を深めること、そして、ESGの重要性が一般に共有されるなかでもグローバルな視点とバランス感覚を育む一方、「個」の力を軽んじることなく自分事として捉えて主体的に行動することなどを次世代を担う若者たちに向けてのメッセージとして強調した。質疑応答では、実際にルールメイキングにかかわっていくときの心構え、持続可能な社会と少子高齢化の関係、人々の行動変容を促す手段などについて幅広い議論が展開された。稲垣会長は最後に、自身の経験から参加した学生に対し、海外に目を向け、海外に積極的に出て活躍の場をグローバルに広げて行ってほしいとの期待を述べた。

講義前には、OSIPP棟会議室にて稲垣氏、星野先生、中嶋啓雄OSIPP研究科長をはじめとした教員、そして学生を交え歓談する意見交換会が開催された。意見交換会では日本語・英語での議論が飛び交い、稲垣氏のもとには絶えず質問をする学生たちの姿があり、大変賑やかな会となった。

(OSIPP博士後期課程 平野歩)

学生からの質問に答える稲垣氏