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【研究紹介:鎌田拓馬准教授】「僕らしい研究」

【研究紹介:鎌田拓馬准教授】
「僕らしい研究」


シリーズ「研究紹介」では、OSIPPに在籍する先生方の最新の研究を紹介しています。今回は、犯罪や不平等の研究を専門にされている鎌田拓馬准教授にインタビューしました。

 

 

最近取り組んでいる研究内容についてお聞かせください。

僕は基本的には組織犯罪や違法市場といった「悪いこと」に関心があり、研究の主要テーマは(1)社会経済政策・刑事司法政策などの公共政策が犯罪に与える影響と(2)犯罪が集団間の不平等形成に与える影響の2つです。
(1)のテーマの研究の具体例としては、1960年代の石炭から石油へのエネルギー革命が暴力団の活動に及ぼした短期・長期的影響の研究が挙げられます(東洋経済オンライン:エネルギー革命による変化「炭鉱ヤクザ」の経済史)。この研究では、石炭から石油へというエネルギー源の移行により、炭鉱業からの収入源を喪失した炭鉱ヤクザによる違法行為が増加したことで、炭鉱依存度が高い地域でのギャンブル・窃盗・詐欺などによる暴力団組員の逮捕件数が増加し、半世紀にわたり抗争が増えたことを示しました。(2)の研究テーマでは、アメリカのオピオイド(麻薬性鎮痛剤)蔓延を抑止するために導入された政策が近隣や都市の変化に与える影響について現在分析を行っています。

 

「悪いこと」に関する研究はユニークだと思いますが、このテーマに興味をもったきっかけや、アイデアのソースを教えてください。

当時住んでいた地域の土地柄からか、小学生の頃にやんちゃや不良がかっこいいと思うようになり、その頃からずっと「悪いこと」や日の当たらない人々や社会問題に関心を持っていました。大学院進学前には、階層などに関する社会学での王道の研究をしようと考えていましたが、あるとき犯罪に関する論文を読んだときにこのようなものがテーマになるのかと思い、徐々に現在の自分の関心に近い研究テーマに移行していきました。
研究のアイデアは、先行研究を読んでいて思いつくこともありますし、自分の研究の延長として思いつくこともあります。前述のエネルギー革命と炭鉱ヤクザの衰退の研究は、以前別のヤクザに関する研究を行っていた時に、福岡や北海道という歴史的に石炭採掘量が多かった地域で現在のヤクザの活動が活発であることに気づいたことから始まっています。また、息抜きとして見ているNetflixやYouTubeから着想を得ることもあります。

 

ご自身の研究スタイルについてどうお考えですか。

僕は社会学で博士号を取得しましたが、自分の研究関心が社会学の主流とぴったり合うわけではなく、その主流分野での重要な問いや社会的事象への斬新な説明を生み出すのは得意ではありません。むしろ、僕の研究関心や手法に近いものは応用計量経済学で見られることがありますし、他の社会科学分野の研究にも感銘を受けることがあります。研究の奥深さを実感するにつれ、自分の研究の問いの立て方も分析も中途半端だと感じ、日々もがきながら進めている状況です。
しかし最近、「僕らしい研究」だと言ってもらえることがあります。例えば、社会学では犯罪が結果変数になる(=どのように犯罪が起こるのかに関心がある)一方で、前述の(2)のような僕の研究では犯罪が説明変数になる(=犯罪がどのような影響をもたらすかに関心がある)ことが多く、他の社会学者からは僕の問いの立て方が珍しいと言われます。経済学の研究者からは、ヤクザというこれまで目をつけられていないものに注目している点が面白いと評価されたりもします。
個人的には、公共政策という正統的なものに焦点を当てつつも、ヤクザのような組織犯罪や違法市場など、人々の興味をそそる要素を取り入れるところに「僕らしさ」があるのかなと考えています。因果推論の手法を使う研究者は、因果効果を識別するのに理想的で完全な外生性をもたらすような面白いイベントをうまく利用して分析をする人が多いですが、僕はそのようなイベントを探してきて、識別に重きをおいた研究をするのは得意ではありません。その代わり、公共政策や社会の背景や学術的な議論と統計的分析が結びついている研究をすることを意識しています。
OSIPPに着任して経済学研究者との交流が活発になったことも、研究に影響を与えています。社会学では1つの結果変数の説明に重点を置きますが、経済学では1つの論文でより包括的な研究をすることが多いです。もともと僕自身がそういった研究スタイルを好んでいたこともありますが、博士号取得後はさらに1つの論文内で事象全体が分かるような研究を心がけています。ただし、論文の主な知見が不明確になったり、書き上げるまでに時間がかかったりするなどの問題点もあります。これらの課題に直面しつつ、自分なりの研究スタイルを模索しています。将来は「あの人らしい研究」をしている研究者と思ってもらえるようになりたいので、それに向けて、自分らしさを大切に流行にとらわれず僕自身が関心のある研究をしたいと思っています。

 

今後はどのような研究をされる予定でしょうか。目標などはありますか。

僕はこれまでアメリカのデータを用いて、特定の人種集団と関連づけられているドラッグの研究を行ってきました。例えば、マリファナとメキシコ麻薬組織、クラックコカインと黒人の郊外移住、オピオイドと白人が多く住む地域の貧困化などです。しかし、自身の人種であるアジア人に関する研究はまだ行えていないので、今後はアジア人と関連のあるドラッグの研究を進めたいと考えています。具体的には、日本の覚醒剤問題や、歴史上アヘン戦争で知られる中国のアヘンなどに関する研究を考えています。

NBERで鎌田先生の発表の討論者だったEduardo Montero氏(シカゴ大学のassistant professor)

ただし、この系統の研究に限らず、自分の中で設定した目標を達成するまでは研究を続けていくつもりです。先日、 NBER Japan Project Meeting 2024(アメリカを代表する経済研究所のカンファレンス)で、エネルギー革命とヤクザに関する研究を発表しました。世界の第一線で活躍する経済学者たちの前で発表する機会を得たことやそこでポジティブなフィードバックを得たことは、この研究を進める上で大きな励みになりました。それと同時に、カンファレンスに参加していた経済学者たちの研究のスケールの大きさ、論文の質の高さ、プレゼン能力の高さなどから大きな刺激を受け、このコミュニティで通用する研究をしたいと強く思いました。今後はこの目標を達成すべく、日々研究に励んでいきたいと思います。

 

インタビューを終えて(感想)

わたしは学部時代、鎌田先生の社会的・学術的に重要でありながら興味深い研究に触れ、研究の多様性とその面白さを知ったことがきっかけでOSIPPへの進学を決めました。今回のインタビューを通じて改めて知った先生の研究に対する姿勢を心に留めつつ、わたし自身も「私らしい研究」を追求できるよう努力していきたいと決意を新たにしています。今後、「鎌田先生らしい研究」が確立されていく過程を、指導学生として間近で見られることがとても楽しみです。

(OSIPP博士後期課程 池内里桜)

鎌田先生と筆者