薮中三十二特任教授 OPEN教室 「日本の針路を考える–分断された世界、トランプ大統領で大揺れの世界で–」
2025.7.23

2025年7月7日、OSIPP棟講義シアターにおいて、元外務省事務次官の薮中三十二特任教授によるOPENクラス「日本の針路を考える–分断された世界、トランプ大統領で大揺れの世界で–」が開催された。講義は英語で行われ、多様な国籍の参加者が集まった。
はじめに、薮中先生は過去の80年間の世界の大きな変化に触れ、特に戦後の国際秩序はアメリカ主導で再構築されてきたと述べた。そのうえで、トランプ政権の「アメリカ・ファースト」政策がこの秩序にどのような変化をもたらしたのか、またそれをどのように評価すべきかについて問題提起を行った。特に、日本にとって、アメリカの対外政策の転換をいかに理解し、いかなる対応を取るべきかという点について、参加者に思考を促した。
続いて、法の支配、自由貿易体制、アメリカの国際的関与、そして対中関係について、それぞれの現状を分析し問題を論じた。まず、国際社会における法の支配については、ウクライナ侵攻や中東での武力行使に対する安保理の機能不全と国際社会のダブルスタンダードにより、大きく揺らいでいると述べた。
自由貿易体制に関しては、1929年の世界恐慌から1994年のWTO創設までの歴史を踏まえつつ、トランプ政権の一方的な関税措置をWTOルールに反した新たな挑戦と位置付けた。また、アメリカの国際的関与については、トランプ政権下では民主主義の原則がもはや中心的価値とみなされなくなり、それによってG7サミットも本来の目的を失いつつあると述べた。
対中関係については、中国の軍事および経済面における台頭や、台湾有事問題に言及した。米中関係については、トランプ政権が関税をめぐって中国に強硬な姿勢を示す一方で、他の分野では必ずしも同様の態度をとっているわけではないと指摘した。

講義の様子
これらの問題を踏まえ、薮中先生は日本の針路として次の3点を提示した。第一に、日米同盟を強化し、とりわけ、核兵器を含むアメリカの戦力による抑止力を同盟国の防衛に適用する体制−いわゆる「拡大抑止(extended deterrence)」−の実効性を高めること。第二に、日本の防衛力を強化すること。防衛関連予算を巡る議論を単にアメリカの意向に沿うのではなく、「日本のため」という視点で考えるべきだとし、日米安保は日本のみならずアメリカの東アジア戦略の一部でもあることから、交渉を通じた対応の必要性を指摘した。そして第三に、アジアの平和に向けた外交努力を強化し、ASEAN+3、RCEP、TPPなどの地域協力を積極的に推進することが重要だと述べた。
既存の国際秩序が揺さぶられる一方、新たな国際秩序もまだ確立されていない現在、私たちはいかにして目の前の諸問題を捉えるべきだろうか。外交実務の経験を持つ薮中先生の講演を通じて、筆者は国際関係と法の支配との摩擦を実感すると同時に、紛争処理において平和的解決を模索しつつも国際法の規範を堅守しようとする姿勢に触れることができた。今回の講演は日本の外交方針を扱うものであったが、薮中先生の伝えたメッセージは、国籍を問わず多くの人にとって意義のあるものだったのではないだろうか。
(OSIPP博士前期課程 WANG Hsin Ni)