2019.3.29
シリーズ「研究紹介」では、OSIPPに在籍する先生方の最新の研究を紹介しています。今回は、EU法を専門にされている西連寺先生にインタビューを行いました。
<現在の研究について>
西連寺先生が現在研究されているテーマについて教えてください:
私の専門はEU法で、今特に研究しているのは裁判制度です。欧州司法裁判所には「先決裁定制度」というものがあるのですが、簡単にいうと質問制度ですね。EU加盟国の国内裁判所でEU法関連の事件があったとき、「この条約・条文はどういう意味ですか?」という質問を欧州司法裁判所に送ります。そして、欧州司法裁判所はその質問に対して、「この条約の条文はこういう風に解釈します、解釈すべきです」というように応答します。この制度が「先決裁定制度」と呼ばれるもので、現在はこの制度について研究しています。
先決裁定制度はどのような役割を果たしているのでしょうか:
たとえば、EUレベルで労働者とか環境に関してルールを作ったとします。そうすると、EU各国はそのルールを国内で実施していきます。具体的なルールを作るわけですが、ある国がそのルールを守らない時があります。例えばA国とB国はきちんとEU法を守っているのに、C国は守らないということになると、EUレベルでは同じルールを作っていても実施の段階でばらついてしまうわけですよね。こういう状況をそのままにしておくと、EU法の実効性が失われてしまうことになる。そういう場合に、「どうやってEU法の解釈・適用をEU内で統一的に実現するか」というのが、私が一貫して関心のあるテーマです。そして、特にEU法の解釈を統一するうえで先決裁定制度が重要な役割を果たしており、EUの裁判制度に特有の制度でもあります。
具体的には、どのような研究をされているのでしょうか:
最近だと、「国内裁判所が欧州司法裁判所に付託しなかった場合」、つまり質問を送らなかった場合はどうなるかについて研究しました。というのも、国内裁判所が欧州司法裁判所に質問を送らないことがあります。それにも理由があって、欧州司法裁判所はけっこう大胆なことを言う場合があるんです。欧州司法裁判所は「欧州統合」という目的を重視して、大胆な法解釈を厭わない。国内裁判所の方としては、欧州司法裁判所が変なことを言った場合でも守らないといけなくなるので、そもそも質問を送らないという判断をする場合があります。義務で送らなければならない時でも、送らないことがある。このような場合に個人が損害を被った時、その個人をどう救済するかについて研究しました。
どのような方法で研究されていますか:
私の場合は、実際に救済が認められているのかどうかを、理論だけではなくて、判例を順番にみていきます。検索してヒットしたものをとにかく調べる。事例の数が30くらいの場合もあれば200を超える時もあります。その場合は重要なものを取捨選択します。
研究の際にはEU法だけではなく、EU各国の国内法なども併せて検討されますか:
はい、EU法を研究するには各国法を合わせて知らないと不十分なのは確かです。研究は大変と言えば大変ですが、研究の面白い部分ではありますね。
研究の際には英語以外で何語を使用しますか:
私はこれまでフランス法との関係でEUとの関係をみてきたので、主にはフランス語です。EUだと、裁判官同士の会話などは基本的にフランス語なので、判例を読むにもフランス語で読んで理解するのが一番正確だといえます。英訳版はニュアンスが変わってしまうことがあるので、自分が研究するときはフランス語版を読むようにしています。
<EU法を研究し始めたきっかけ>
西連寺先生がEU法を研究し始めた経緯を教えてください:
私は大学に入学する前から、ヨーロッパの統合について漠然とした興味を持っていました。上智大学には「EU法」という科目が開講されていたので、ぜひ勉強してみたいと思い上智大学に入学しました。大学に入学した1993年は、EU成立年と重なります。その前年の1992年までに、域内市場を完成させるというプロジェクトが打ち出されており、EUが盛り上がっていた時期ですね。大学入学後はEU法の授業に加えて、EUに関連する授業は一通り受講しました。そして、学部2年生くらいからは先生に勧められた英語の本や関連する論文を読み始めました。
なぜ、特にEU法を専攻することになったのでしょうか:
EU法の動態性に惹かれました。先ほどもお話しましたが、欧州司法裁判所の判例はけっこう大胆なんです。EU統合を重視して、目的的に条文を解釈する時がある。条文の中には書いていないようなことも裁判所は認めることがあります。法解釈に動きがある点を興味深く感じましたね。
<授業、研究室のスタイル>
先生の授業や研究室の様子を教えてください:
EUの機関やEU法の基本原則について講義も行いますが、特に判例研究を重視しています。EU法自体にはあまり体系性がなく、特に裁判所の解釈が重視されるので、授業でも判例を一つ一つ読んでいきます。OSIPPに着任して3年になりますが、実はEU法を主専攻にする学生はこれまでいませんでした。代わりに、欧州人権法や国際経済法との関わりでEU法を勉強する学生を指導したことはあります。ですので、他の主専攻があって、副専攻的に指導することが多いですね。
<現在のEUについて>
少し時事的なテーマとなりますが、現在、財政危機・難民危機・Brexitなど、EUの政治的な危機が報道されています。西連寺先生は法律の観点から最近の動きをどのように捉えられていますか?:
EU政治は専門ではありませんが、私の答えられる範囲でお答えします。これまでにも、EUにおいて政治的危機はありました。ただ、その場合でもEUには土台になる部分があるわけです。崩れそうになっても、なんとか維持される土台。危機があったとしても、積み重ねがある部分。その部分が法だと考えています。
政治的動きについては正しく判断できないので、「土台が実際にどういう風になっているのか」についてじっくり研究しています。危機の中でも法解釈は発展し、さらに定着していくのです。もちろん、欧州司法裁判所の判断が政治情勢に影響されることもあるので、時事的・政治的な部分にも目配りはしていく必要はありますが。
最後に、OSIPP生に対しておすすめしたい文献があればご紹介ください:
Miguel Poiares Maduro and Marlene Wind (eds),The Transformation of Europe:Twenty-Five Years On,(Cambridge University Press, 2017)
この本に収録されているメインの論文は、J.H.H. Weiler, “The Transformation of Europe”(初出は、Yale Law Journal, Vol. 100 (1991), pp. 2403-2483)です。91年にWeilerが出した有名な論文があり、これが前半部分になります。この論文の発表から25年が経ち、他の学者がこれに関してエッセイをそれぞれ書くというスタイルの本です。Weiberの論文では「EUと構成国の関係がどう変わったか」について、60~70,70~80,80年代という時代区分をした上で、両者の関係が「均衡」から「EUの権限拡大」に変化した理由が論じられています。実は、この時期は法律分野と政治分野では評価が違っています。法では、EU法が発展してきた時期とされていて、政治では停滞してきた時期とされています。Weilerは経済学における「離脱」と「発言」という概念を使って、EU法が発展してきた理由について書いています。具体的な内容についてはぜひ読んでみてほしいですが、この研究は法・政治の両面を論じており、学際的な観点を取り入れた研究だと思います。その上、経済学の知見を借りて論じています。学際性という点で、OSIPP生には参考になるのではないかと思い紹介しました。
インタビューは以上です。長時間、ありがとうございました。
(OSIPP博士前期課程 韓 光勲)
准教授 西連寺隆行
学位 修士(法学)(上智大学)
専門分野:EU法
代表的な業績:
「EU先決裁定制度における先決問題付託義務違反と公正な裁判を受ける権利―欧州人権条約6条の観点から」矢島基美・小林真紀編『滝沢正先生古稀記念論文集 いのち、裁判と法―比較法の新たな潮流』(2017年、三省堂)249-266頁
「各国憲法裁判所による欧州司法裁判所への先決問題付託―フランス憲法院の付託事例を中心に―」EU法研究創刊第1号(2016年)39-62頁
大阪大学研究者総覧(西連寺隆行)