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教員紹介:山下真美子 助教

OSIPP経済系教員で、金融計量経済学やファイナンスを専門とされる山下真美子先生にインタビューを行いました。山下先生は一般企業での勤務を経て、フランスのトゥールーズ大学で修士号と博士号を取得され、2022年10月1日付でOSIPPに助教として着任されました。(写真:大阪大学豊中キャンパスにて)

 

 

これまでのご経歴を教えていただけますか?
私は学部生時代を経済学部で過ごしました。経済地理学の先生のゼミに所属しており、毎年国やテーマを決めて、みんなで海外へ視察に行っていたことが印象に残っています。当時は国際開発に特に興味を持っており、バングラデシュのグラミン銀行や他のNGOを訪問しました。大学を卒業した後は、4年半ほど製薬会社で事務職をしていました。国際開発に関わる職に就くことも考えましたが、経済よりも医療のように人の生命に直結するような分野の方が、直接的に人を幸せにできるのではないかと考えたからです。その後、結婚を機に退職してアメリカで生活を始めました。この時はビザのため就職も就学もできなかったので、日本に関することを教えるボランティア活動をしたり大学の授業に潜り込んだりして過ごしていました。その後、フランスに渡った際に本格的に勉強を始め、そこで修士課程と博士課程を終えました。

 

研究者を目指したきっかけのようなものはありますか?

Jean Tirole先生のノーベル賞受賞の記念ポスターと一緒に撮影(@トゥールーズ大学キャンパス)

きっかけはフランスへ渡った際に、何か専門性を持ちたいと強く思ったことです。アメリカでは活動が制限されていましたが、フランスではビザの制約がなく就職も就学もできるという状況でした。しかし、私が滞在していたのは地方都市だったので、フランス語ができないと就職をするのにも一苦労という環境でした。従って、英語だけでできる活動として大学院進学を選びました。アメリカ時代に大学の授業に潜り込んで勉強していた経験も、この選択につながっていたと思います。博士課程に進むかどうかは迷ったのですが、このままでは日本に帰ってきたとしてもできることが限られてしまうのではないかという危機感を覚えて、進学を決めました。そのあとは必死に勉強して無事に博士号を取得することができました。

 

これまでの研究について紹介していただけますか?
私は、金融市場で取引されている資産の価格や収益率といった時系列データをもとにして、それらの資産の未来の値動きを予測したり、投資がもたらすリスクを計測したりするFinancial Econometrics(金融計量経済学)の分野で研究をしています。例えば、2007年に始まった世界的な金融危機であるリーマンショックにおいては、多くの金融機関が巨額の損失を自己資本でカバーしきれなくなりました。しかし、本来はこうした事態を避けるため、銀行の自己資本比率に関する国際統一基準として、バーゼル規制があります。このバーゼル規制では、銀行がリスクを取れば取るほど、より多くの自己資本を手元に残すというルールを定めています。しかし、金融機関が取るリスクの大きさはどのように測ればいいでしょうか。リスクの量に見合った金額を銀行に保有させるためには、まずリスクを数字として表すことが必要です。私の研究は、銀行が直面するリスクの中でも、市場リスクと呼ばれる投資によるリスクを計測することを目的としています。

投資のリスクを計測するにあたっては、金融データにモデルを設定する必要があります。しかしそのモデルが誤りだった場合は、リスク計測が不正確になる可能性があります。私が主に興味を持っているのは、分析者が設定する“仮定”(つまり特定の時系列モデル)が間違っていた場合に、予測やリスク計測といった分析結果にどのような影響が及ぶのか、より望ましい分析手法はないか、というテーマです。分析には時系列分析という手法を使いますが、そこでは定常性¹をはじめとした様々な仮定を設定しない限り、分析結果を得ることはできません。そういった仮定は、仮説検定によりチェックできるものもありますが(定常性の仮定はある程度はチェック可能)、それは「過去の」時系列についての話であり、予測したい「未来の」時系列がそのような仮定を満たすものであるかどうかはチェックできません。例えば、思いがけず大きな出来事が発生すると、データが生まれるメカニズムが変化し、過去のデータは意味をなさないものになる可能性がありますが、将来発生するかもしれない出来事は知ることができません。つまり、金融市場で未来の値動きを予測する場合、仮定を置く必要はありますが、その仮定が合っているかどうか(未来でも同じ傾向が続くのか、今日データ構造に変化は起こらないのか)をチェックすることはとても難しいことです。そこで、代替的な手法として、従来の分析で取られる「特定の1つの仮定が正しい」というスタンスを一段階弱めて、「特定の複数の仮定のうちどれかが正しい」というスタンスのもとで分析を行うことを研究しています。

トゥールーズの川辺にて撮影

また、最近は、ある未来の時点にあらかじめ決められた値段で株などの資産を売買できるオプション契約の価格を用いて、未来の株価や日経平均株価などの指標を予測しようという試みに興味を持っています。過去の株価データを使った予測とは異なり、現在取引されている価格のデータを用いて未来を予測しようとしているところに面白さを感じています。先ほど、過去のデータを用いた予測では、データ構造が変化すると過去のデータが意味をなさなくなると話しましたが、オプションを使った方法では投資家が未来の株価についてどういう見通しを持っているかをオプション価格が反映していると考えられています。従って、現在の構造変化を投資家が認識していれば、それをも反映させることができていると考えられています。

¹ 定常性:時系列において、同じ期間離れている変数同士の関係は一定である(例えば、先週火曜と今週火曜に観測される2つの変数の関係は、今週水曜と来週水曜に観測される2つの変数の関係と同じである)という性質。この性質があると考えることで、過去のデータを有効に活用して今後の傾向を予測することができる。

 

現在の研究に取り組むことになったきっかけを教えてください
大学院の授業で、”時系列データ”が”i.i.d.データ²”と比べて制約が大きいことを勉強したのがきっかけです。時系列データはある時点のデータが1つしかないのに対し、i.i.d.データではある時点のデータが複数個存在している点で、時系列データの方が制約が大きいといえます。この制約の違いに惹かれ、特に時系列データが持つ制約の中で人間はどこまで分析できるのか、という先人の苦労や工夫に強い興味を感じました。実際に、時系列データの動きを再現でき、かつ分析が複雑になりすぎないような時系列モデルはたくさん開発されており、最初はそのような時系列モデルを勉強して「このモデルはこういうところを工夫したんだな」ということを学ぶことが面白かったです。しかし、分析しやすいモデルが実質的によい近似になっているのだろうかと疑問に思いはじめ、モデルの間違いに着目した研究をしたいと思いました。

² i.i.d.データ:同一の確率分布に従い、互いに独立であるデータのこと。具体例として、国勢調査で集められたデータがある。

 

この研究の魅力や面白いところはどんなところですか
金融計量経済学の分野は、マクロ経済学、金融、計量経済学など様々な分野が密接に関わるところが面白いです。この分野では、SoFiE(Society for Financial Econometrics)が年に1度学会を開くのですが、最近は、より大きなデータに機械学習を応用して予測に活かすことや、気候変動と金融というテーマの研究発表なども出てきており、勉強したいなと思っているところです。

(OSIPP博士前期課程 千馬あさひ)

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助教 山下真美子(やましたまみこ)

研究テーマ:リスクマネジメント、予測

専門分野:金融計量経済学、ファイナンス

学位:Ph.D. in Economics(トゥールーズ第一大学)

<代表的な業績>
[1] Yamashita (2022) “Stochastic Dominance of the Physical Measure over the Risk-Neutral Measure,” Working Paper.
[2] Yamashita (2022) ”Option-Implied Forecasts with Robust Change of Measure,” Working Paper.
[3] Kim, Meddahi and Yamashita (2021) “Forecast Comparison Tests with Fat Tails,” Working Paper.