修了生

【修了生紹介】山並千佳さん / 富士通 勤務

【修了生紹介】山並千佳さん(富士通)


2018年度OSIPP博士後期課程の修了生で、現在富士通でR&D(研究・開発)に携わっている山並千佳さんを取材しました。

写真:山並さん「富士通ではWork Life Shiftとして、会社だけでなく在宅勤務やシェアオフィスでも働けるように環境が整備されています。これはシェアオフィスで仕事した際に記念に撮ったものです。」

 

現在の仕事内容やその魅力について教えてください。

現在は、富士通でR&D(Research and Development:研究・開発)部門に勤務しており、自社の今後の事業展開基盤となりうる技術の研究開発や、その実証を行う部門で社会課題を対象とした研究を行っています。複雑な社会課題はテクノロジーだけでは解決できません。そうした社会課題を解決するために、最先端のデジタルテクノロジーと人文・社会科学などの分野の知見を融合したコンバージングテクノロジーの開発に取り組んでいます。私はその中でも特に、医療や健康のプロジェクトの一員として、技術を社会実装するにあたり、それらが実社会に応用しやすい形になっているのか、実装する際にどのような課題が予想されるかといった研究を行っています。

現在の仕事では、社会課題に対して直接アプローチできる点に魅力を感じています。コンサルタント会社や大学での研究職のように社会課題に対して実証研究を行ってその結果を発信するという仕事はありますが、場合によっては開示を断られる情報があるので、施策や制度の立案段階から終始一貫して携わることは難しい場合が多いと思います。その点、現在の仕事では自社でプロジェクトを進める中でデータを取り、その結果の検証を踏まえてさらにプロジェクトを改善する、プロダクトに実装するといった一連のプロセスに携わることができます。また、キャリア形成の視点からは関わるプロジェクトごとに新たな知識を身に着けることができる点や、自身の研究をレポートや学会発表の形で社会に発信できる点も魅力です。

 

OSIPP修了後、この仕事を選んだ理由を教えてください。

ジョブフェアにて求職者調査を行ったときの写真@シンガポール(右端が山並さん・2017年)

私はOSIPPで博士後期課程を修了した後、現在とは別の民間企業に就職しました。博士号取得後に民間企業に就職するという選択をした人はほとんどおらず、ロールモデルもいませんでした。そのため進路を考えるにあたり不安もありましたが、小原研究室で大阪府と実施した研究や、OSIPPが後援するシンガポールでのジョブフェア(右の写真)での研究経験から、社会と直接関わりながらデータ分析や施策立案を実行したい、博士号取得までの経験は民間企業でも活きるはずという思いがありました。その思いから、現場にアプローチできる仕事を探し、前職の民間企業では、日本に本社を置くグローバル企業の人事部門に就職しました。人事部門における仕事では、OSIPPでの研究経験を活かして、ピープルアナリティクスという人事データを用いた組織の課題解決に取り組みました。自社社員のウェルビーイングの改善事例を作ることができれば、それが先行事例となって日本人の働き方をより良くするきっかけになると信じていたのでやりがいはありました。しかし、この期間に私自身が洪水災害で被災するという経験をした際、「今の自分の仕事は社会の中で弱い立場にある人を助けることにはつながっていない。こういう時に必要とされる社会システムの改善に貢献したい。」という思いが芽生え、転職を考え始めました。また、キャリア形成の観点から、職種別採用を実施していた前職では、職種を横断した社内異動が難しかったことも転職の一因となっています。

 

民間企業、または企業の研究部門への就職を希望する場合、学生時代に準備しておくと良いことはありますか。

特にOSIPPでの専門性を生かして民間企業に就職する人は、その分野の基礎知識をしっかりと学んでおくことが大切だと思います。大学院にいる間は、同じ専門性を持った人たちとの関わりが多く、ある程度の知識を前提とした会話が成り立ちます。しかし、社会に出た後は専門分野とそれに関連する内容を一番よく知っているのは自分ということもあります。そうした場合、専門知識のない人たちに分かりやすく、かつ正確な情報を伝えるコミュニケーション能力が求められます。例えば、実証経済系で一般によく使われ、かつ混同されやすいこととして相関と因果の区別があります。データから原因と結果の関係を見つけ出すために必要な条件は満たされているか、結果はどのように解釈できるか、分析の限界はどこにあるか、ということを異なる分野の人や専門知識のない人にも伝える力が必要になります。研究から言えることの線引きを自分でできるようにするため、自信をもって研究の社会実装に取り組むために、専門性の基礎となるような授業の内容をしっかりと習得しておくと良いのではないかと思います。

 

OSIPPでの学生生活や、当時の経験で今も活かされている点を教えてください。

OSIPPでは、小原研究室に所属して労働経済学や行動経済学を学びました。また、OSIPPの授業に限らず経済学研究科の授業などでも気になったものは履修し、授業で出された難しい課題を経済系の学生同士で相談しあっていました。研究室で、実際にフィールド実験を行ってデータを収集した経験や収集したデータの可視化、論文を書くことを通じて学んだ論理的に文章を書く力も、現在の仕事に役立っています。もちろん社会人になってからでも、知識やスキルを学ぶことはできますが、時間をかけて基礎から学ぶことやそれを研究としてまとめることは難しいです。特に、文章を書いて添削をしてもらうことや、同期や研究室で議論を深めるといった時間の過ごし方は学部生時代や社会に出た後では難しいと思います。得た知識は、仕事によってはそのまま使う機会が少ないかもしれませんが、OSIPPでの学びや研究を通じて得た経験は、どの仕事であれ根底には必ず活かされる力ではないでしょうか。

また、私はOSIPPの授業に加えて大学院副専攻プログラムにも参加していました。このプログラムを通じて、他研究科の院生たちと分野横断の産学連携プロジェクトを遂行する経験ができました。私のプロジェクトチームでは、野生動物による農業被害について、一年弱の間フィールドでヒアリングやデータ収集を行い、被害を軽減するための方策を作成し、府の研究所に提案を行いました。メンバーだけでなく関係各所ともスケジュールを調整し、定期的に進捗を管理しながら研究を進めました。この経験で得たプロジェクトマネジメント力も、現在の仕事で役立っているスキルです。

 

最後に、OSIPPに在籍する学生に向けてメッセージをお願いします。

今回の取材の様子(オンライン)

大学以降の勉強や社会に出てからの仕事では、答えのないこと、自分が想像もしていなかったこと、知らなかったこととの出会いの連続です。その度に新しいことを学びながら、仮説を立てて試してみる。その結果から仮説が正しいのか間違いなのか、なぜその結果になったのかを考える。そして、その仮説や自分自身の考えを見直してアップデートし、得られた新たな視点でまた次の問題に挑む、ということになると思います。OSIPP生のみなさんには、研究を通じて、そういった“まだ答えのない問い”に取り組むことや、その問いを解く過程を楽しむマインドセットをもってほしいと思います。大学院で身に着けた専門性は、OSIPPを修了してからも実社会の問題を解くための強力な武器になります。また、実社会の問題に向き合うためには、研究過程での試行錯誤や他研究科の学生との交流、海外留学などの自分の価値観が揺さぶられた経験も役に立ちます。たとえ何かに困っても、OSIPPには多くの知識と経験を持つ先生方がいて、一緒に議論できる素晴らしい学生がいて、深くも広くも学ぶ機会と充実した環境があります。やりたいと思ったことはとりあえずやってみるという気持ちで、学生生活を楽しんでください。

(OSIPP博士前期課程1年 花山愛歩)