【書評】赤井伸郎、石川達哉著『地方財政健全化法とガバナンスの経済学』
2019.10.16
赤井伸郎、石川達哉著
『地方財政健全化法とガバナンスの経済学』
(有斐閣、2019年7月)
拓殖大学政経学部准教授
宮下量久
本書は、「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」(以下、地方財政健全化法)が地方財政に与えた影響について、理論的・実証的見地から分析した労作である。著者たちが、これまで学会等で発表してきた知見に基づき、地方財政健全化法の意義と課題を丁寧に整理している。そればかりでなく、筆者は実効可能な具体的制度改正まで提言している。読者は地方財政健全化に対する並々ならぬ「熱意」を感じるのではないだろうか。
第1章では、地方財政健全化法の概要を整理しており、本書は同法になじみのない読者にも理解しやすい構成となっている。具体的には、地方財政健全化法が地方自治体に財政規律を遵守させるガバナンス効果を詳細に説明するともに、4つの健全化判断指標(実質赤字比率、連結実質赤字比率、実質公債費比率、将来負担比率)の定義、目的、課題が詳細にまとめられている。また、同法律施行後、これらの指標の推移を都道府県・市町村ごとに概観し、市町村の財政健全化が進んだ点を評価している。
続く第2章から第5章においては、各健全化判断指標が地方財政の健全化に与えた影響について緻密な統計分析を踏まえ検証している。第2章では、自治体に将来の償還負担を感じさせずに発行できる臨時財政対策債にフォーカスして、実質公債費比率(各自治体の借金返済負担の大きさを示す)とその早期健全化基準が償還や積立不足の是正・解消に与えた影響を分析している。都道府県別パネルデータ分析の結果、実質公債費比率は臨時財政対策債の償還・積立を促進していることが明らかになった。ただ、償還・積立不足の自治体が存在することから、その実態を早期にチェックするシステムやデータ公表の必要性を指摘する。
第3章では、自治体における全会計の資金繰りの悪化度合いを把握する、連結実質赤字比率のガバナンス効果を議論する。連結実質赤字比率は公営企業を含んだ指標であるため、公立病院事業の特例債発行可能団体を分析対象にして、自治体の資金不足が解消されるメカニズムを定量的に検証している。その結果、自治体が財政健全化団体になることを回避しようとするため、連結実質赤字比率が病院特別会計の資金不足の縮減に貢献することを示している。この背景には、連結実質赤字比率の導入が会計間取引によって特定の会計を見せかけ上改善する意味を喪失させたこと、早期健全化基準を超えれば財政的制約を自治体に課すこと、という2つの地方財政健全化法の特徴があることを挙げている。
第4章では、地方公共団体の地方債など現在抱えている負債の大きさを示す、将来負担比率について2つの側面から分析している。ひとつは実質公債費比率のストックに該当する側面、もうひとつは他の3種類の健全化判断比率がカバーできない要素を集計対象とする側面である。第1の側面については、実質公債費比率と将来負担比率を短期間に引き下げることができる、地方債の繰上償還に着目している。具体的には繰上償還の有無とその金額の決定要因をHeckmanの2段階推定法から分析したところ、将来負担比率が高い自治体ほど繰上償還を行っている結果を得た。第2の側面については、将来負担比率が地方公共団体本体だけでなく、地方公社や第3セクター法人も対象とした指標であるため、債務保証・損失補償の多い土地開発公社を分析対象にしている。土地開発公社の解散とそのために発行した第3セクター等改革推進債の決定要因を入れ子ロジットモデルで推定した結果、将来負担比率が早期健全化基準に近い自治体ほど、公社を解散・清算していたことが明らかになった。
第2章から第4章の内容を踏まえると、実質公債費比率、連結実質赤字比率、将来負担比率の導入は地方財政の自発的な改善に貢献してきたといえよう。その反面、「一般会計等」における短期の資金繰りの悪化度合いを示す、実質赤字比率のみが地方財政健全化法施行前から存在する指標であるものの、夕張市の財政破綻などを踏まえると、財政健全化に機能してこなかった恐れがある。
そこで第5章では、地方財政再建促進特別措置法(旧再建法、1955年度制定)から地方財政健全化法の制定に至るまで、実質赤字比率が顕著に悪化した自治体を対象に、その財政指標としての妥当性を確認している。分析の結果、実質赤字比率はすべての歳入・歳出項目を網羅しているがゆえに、正しい会計処理が行われるならば、高い危機察知能力を示す強みがあるものの、会計操作の対象になりやすい弱みも有する指標である、と結論付けている。
これらの健全化法に関する包括的かつ体系的な分析を踏まえて、第6章では地方財政健全化法に残る課題を4つの指標ごとに整理し、それらの改善策を提示している。主な提言内容には、各指標の作成に用いられたデータの公表、将来負担比率の確定債務部分における早期健全化基準・協議不要基準の新設を挙げる。これらの改善策は客観的な分析可能性を高めることに貢献し、地方自治体の財政運営にきめ細やかなガバナンス機能を発揮するに違いない。
最後に第7章では、地方財政計画で生じる「地方財源不足額」の穴埋めのために臨時財政対策債を発行する財政状況から脱却し、財政の持続可能性を高める必要性を説く。というのも、将来負担比率では地方債残高の償還に関わる基準財政需要額算入見込額を個別自治体の負担から除外しているが、その過半を占める臨時財政対策債の償還財源が制度的に確保されているわけでないため、個別自治体の集計した債務(ミクロ)と地方全体の債務(マクロ)に乖離が生じているからである。その乖離額は2017年度で132.5兆円に上ることから、実質的な財政負担が各自治体で不明確になっている点に警鐘を鳴らす。
評者は地方財政の一研究者であるが、本書の随所に新しい発見があった。筆者が10年以上にわたり蓄積してきた研究の量と質に脱帽した次第である。序章と終章を除けば、各章には補章・付論があるため、本書は地方財政に関する学術的・専門的知識を得るには最良である。また、最新の実情を確認できるため、行政の実務者にも有益な書であるのは間違いない。筆者は、住民によるモニターこそが地方財政健全化の肝であることを繰り返し述べている。本書が多くの方の目に留まり、地方財政健全化に対して「熱意」ある住民が増えていくことを願ってやまない。
赤井伸郎、石川達哉著
『地方財政健全化法とガバナンスの経済学』
(有斐閣、2019年7月、viii, 396p)
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