2021.3.22
【研究紹介:中嶋啓雄先生】
きっかけは一枚の写真~C.ビアード研究の始まり~
シリーズ「研究紹介」では、OSIPPに在籍する先生方の最新の研究を紹介しています。今回は、アメリカ外交史等を専門にされている中嶋啓雄教授にインタビューを行いました。
現在取り組んでおられる研究内容についてお聞かせください
日米間の知的交流と国際関係について研究しています。戦前〜1970年代、戦争を挟んだ日米の交流に特に焦点を当てています。
知的交流というのはつまり文化交流のうちのひとつなのですが、私はより範囲を狭めて学者・専門家の交流と日米関係に関心を持っています。
知的交流の研究を行うきっかけになったのは、もともと20世紀前半に活躍したチャールズ・A・ビアードというアメリカの政治学者・アメリカ史の専門家に興味を持ったことに始まっています。彼は実は1922年に市政改革のために東京市長の後藤新平により日本に招かれています。そして今でも日比谷公園の近くにある、当時新設された東京市政調査会を舞台に市政改革を行っていきました。翌1923年には関東大震災に見舞われますが、ビアードは震災後、再び日本に呼ばれ、元市長の後藤とともに震災復興と市政改革を行っています。
ビアードは最初、市政改革のためだけに日本に呼ばれたのですが、日本国内でもビアードが実はアメリカで著名な学者であることがわかり、そこから東大を中心として日本のアメリカ研究者との交流が始まりました。これが日米間の知的交流の基礎になりました。彼らは日米戦争に抵抗したり、戦後の日米関係の緊密化に貢献しようとしました。
戦後の日米関係における学者同士の交流、1948年に亡くなってしまったチャールズ・A・ビアードの意志を引き継いで、日本のアメリカ研究の祖・高木八尺(やさか)や松本重治を中心として行われています。具体的には国際文化会館(六本木)などを設立し、交流を開始しています。彼らは戦後、アメリカの言いなりになったわけではありませんが、アメリカとも協調する西側の国としての日本の外交を支えました。
このような学者間の交流に関して研究しています。
この研究の目的としては、政治家・外交官だけではなく、多分野の学者・専門家が国際関係にどのような貢献ができるのか、またその重要性を明らかにすることにあります。確かに彼らの交流が戦争を防げたわけではありませんが、多分野の学者・専門家は戦争の回避、戦後の和解に貢献できるのではないかと考えています。
この研究に取り組むことになったきっかけを教えてください
もともとはアメリカ外交の原点である19世紀のモンロー・ドクトリンを研究していました。アメリカは西半球が民主主義の砦であり、自分は正義である、ゆえに対峙する国を正すためのアクションを起こさなければならないのだ、という思想を今でも強く持っていると考えています。私はその思想の原点がどうやって出てきたのかを研究していました。
その研究過程で、第一次世界大戦参加の後悔から、1930年代にアメリカが孤立主義に陥ったことに関しても、関心をもって文献を読んでいました。その中で、チャールズ・A・ビアードがアメリカ外交史論としてアジアのことに構うより、アメリカ=ラテンアメリカ間の貿易を重視して大恐慌を乗り切るべきだと主張している文章を読んでいました。従って、勝手にビアードという学者は孤立主義的な人だと思っていました。ですが、私がちょうどアメリカに留学していた時にとある写真を見て驚くことがありました。アメリカの学術雑誌に載っていたものですが、孤立主義的な学者だと思っていたビアードが日本に来て和室に座っている写真だったのです。その頃はビアードが日本に来ていたとは知らなかったので、なぜこんな有名なアメリカの学者が、しかも、孤立主義的な考えの学者が日本に?と不思議に思い、背景を知りたいと思った、それがきっかけです。
このテーマは博士課程が終わればやりたいと温めていたもので、この10年位でだんだん研究できるようになってきました。
日本滞在中のチャールズ・A・ビアード(左から2人目)
この研究の魅力や面白いところはどんなところですか
近年、グローバルヒストリー、トランスナショナルヒストリーという分野がグローバル化の影響を受けて盛んになってきています。これは歴史を単に国際政治史・国際関係史で捉えるのではなく、国境を超えたものと捉える考え方で、その一環として人的な交流や人の移動に注目する研究が、世界的に盛んになっています。こうした研究は海外の研究者も注目していて、5~6年前から科研費で国外の研究者も参加してもらって英語で議論したりなどして研究を進めてきました。その成果として、今年(2021年)の春にInternational Society in the Early Twentieth Century Asia-Pacific: Imperial Rivalries, International Organizations and Expertsという編著を出版予定です。内容としてはヨーロッパ諸帝国と大日本帝国とアメリカとの関係、第一次世界大戦後の帝国主義的な競争がありながらも国際機関も存在するという、ある種の矛盾が見える時代に焦点を当てています。同書の中では、WHOの起源の国際連盟保健機関などでの専門家の活躍や太平洋問題調査会(IPR: Institute of Pacific Relation)という国際NGOのさきがけ的な機関で話し合いの場などが設けられたこと、極東選手権大会(アジア版オリンピック)の開催と政治の関係などについても触れています。
このように共同研究をするとまだ見ぬ分野に関わることができたり、複合的な分野の観点から歴史を見ることができるという面白さがあります。
大学院でこの分野を研究していくためには、どういった勉強をしておく必要があると思われますか
常識的に言うと、教科書的な基礎知識、特に国際関係史、アメリカ外交史などについては、その分野の教養があるともちろん良いと思います。
ただ、それだけではなく、見聞を広げておくこと、つまり、知識を持った上で色んな所に行くとよいと思います。現在はコロナ禍の為、なかなか旅行は難しいですが、例えば、日本でも最近K-POPが人気ですね。そこで、日本の帝国主義の歴史などの知識を持った上で、実際に韓国に行って、その帝国支配の足跡について考えると新しい発見があるのではないでしょうか。そのような体験・見聞の広げ方をしておくことは大切だと思います。
おすすめの本もいくつか紹介しておきます。
私の恩師である有賀貞先生が書かれた『国際関係史―16世紀-1945年まで』、『現代国際関係史―1945年から21世紀初頭まで』の2冊は基礎知識をつける上で非常に良いと思います。タイトルだけ見ると難しい教科書のようですが、内容はグローバル化の中でアジアも含めた非西洋世界の役割について書かれていて、日本の役割やアジアとの関係なども記載されています。
私の本も紹介しておきますと、共著ですがどれも大阪大学出版会から出ている『グローバルヒストリーと帝国』、『グローバルヒストリーと戦争』、『グローバルヒストリーから考える新しい大学歴史教育』です。これらの中の私の章を読んでもらえると、より私の研究についておわかりいただけるかと思います。
最後に、先生の指導スタイルや指導学生の研究テーマをお聞かせください
私の研究室はもちろん歴史研究の学生が多いのですが、他分野、例えば理論研究との融合などの研究をしている人もいます。ただ、さすがに博士後期課程になると私の研究に近い、歴史研究の方が多いです。修士課程は広くいろんな学生を受け入れています。博士課程の学生の研究の一例を紹介すると、戦前期の日米学生会議や、1970年の大阪万博などです。広い意味での文化交流史に関して研究している学生が主です。
指導スタイルとしては、学期中は一ヶ月に1回のペースでワークショップを行っています。私がこれをワークショップと呼ぶ意味、あえて研究会・指導会と呼ばない理由は、教員が指導するよりもみんなでいろんな意見を出すことを重視しているからです。もちろん私なりの答えはあったりしますが、学生同士の議論を大切にしたいのでワークショップとよんでいます。ワークショップのメンバーは学生だけではなく、非常勤講師(中嶋ゼミの卒業生)などもいて、毎回およそ7〜8人程度で行っています。
メッセージ
もちろん入学試験があるので、合格は保証できないのですが、私の研究室に興味があれば、遠慮せずコンタクトを取ってみてください。返信するようにします。
(博士前期課程2年 海東冴香)
教授 中嶋啓雄
学位 博士(法学)
専門分野(キーワード):アメリカ外交史、国際関係史、日米関係史
研究テーマ:日米文化交流とアメリカ外交の史的展開
代表的な業績:
中嶋啓雄『モンロー・ドクトリンとアメリカ外交の基盤』(ミネルヴァ書房、2002年)
Hiroo Nakajima, ed., International Society in the Early Twentieth Century Asia-Pacific: Imperial Rivalries, International Organizations, and Experts (London and New York: Routledge, forthcoming)
参画している研究プロジェクト:
科学研究費補助金・基盤研究(B)「『アメリカの覇権的秩序』に代わる戦後世界秩序像の探求:J・F・ダレスを焦点に」(研究代表者:小野沢透)
科学研究費補助金・基盤研究(C)「第二次世界大戦後の社会科学研究評議会(SSRC)の活動と学際的知の形成」(研究代表者:佐々木豊)
略歴:
平成 2年 3月 国際基督教大学教養学部社会科学科卒業
平成 2年 4月 一橋大学大学院法学研究科修士課程入学
平成 5年 9月 ハーヴァード大学大学院歴史学研究科留学 (フルブライト奨学金を得て、研究生として翌年6月まで)
平成 9年 3月 一橋大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得退学
平成 9年 4月 大阪外国語大学外国語学部専任講師
平成12年 1月 同助教授(後に准教授)
平成14年 7月 ウィリアム・アンド・メアリー大学フルブライト客員研究員(翌年4月まで)
平成14年12月 一橋大学より博士(法学)の学位を授与される
平成19年10月 大阪大学大学院国際公共政策研究科准教授(大阪外大と阪大の統合に伴う)
平成28年 4月 同教授(現在に至る)