教員

教員紹介:中川万理子助教

教員紹介:中川万理子助教


OSIPPに4月1日付けで着任された中川万理子助教にインタビューを行いました。中川先生は都市・地域経済学と空間経済学を専門とされ、特にマイノリティ人口の集積・空間的偏在に着目した研究をされています。

 

 

先生のご専門分野についてお聞かせください
専攻は都市経済・空間経済です。現在は、主にマイノリティ人口の集積・空間的偏在に着目し、それらが彼らの厚生に対してどのような影響を与えるのかについて理論・実証の両面から分析する研究を行っています。

 

ご専門分野を選ばれた背景や理由について教えてください
学部3年次のゼミ選びで都市経済学のゼミに入ったのが、大元のきっかけです。所謂世間一般の「経済学」のイメージに近いような「お金」に関わる分野よりも、より身近な「空間・都市」を扱う都市経済学のゼミに強く興味を持ちました。
都市・地域・空間経済学は、その名前からもイメージできるように、地理的な着眼点や思考が研究を進めていく上で重要な要素の一つになってきます。中高生の頃になんとなく地理が好きだったことも、後にこのような研究分野に進む背景にあったのかもしれません。

 

図1.多摩川河川敷ブルーテントの分布

現在取り組んでおられる研究についてお聞かせください
実施中の研究の一つとして、ホームレスの人々の居住傾向と彼らの生活水準の関連について分析しているものがあります。
多摩川河川敷にブルーテントを設置してインフォーマルに居住しているホームレスの人々の居住地分布(図1:ブルーテントの分布)を観察すると、空間的に均一には分布しておらず、クラスター(塊)を形成して分布していることがわかりました。
このようにホームレスの人々が地理的に集積しながら分布することで、近隣ホームレスと助け合い不安定な収入源を安定化させることができる、インフォーマルな収入源について情報共有を行い高い収入が得られる、襲撃を受ける可能性を減らすといったメリットがあって、それにより彼らの生活水準が上がっているのではないかという仮説を立てました。

図2.ブルーテントの温度のデータ(冬季)

そこで、各ブルーテントの立地情報に加えて冬季の温度のデータ(ホームレスの人々の生活水準を表す変数)を収集し計量分析を行いました。ホームレスの人々の中には電化製品を利用している人もいて、その利用は熱を発生させます。温度データの計測はその発生する熱による温度上昇をとらえ、ホームレスの人びとがどれほど電化製品を利用しているかを示しています。(図2:ブルーテントの温度)この分析の結果より、大きい小屋クラスターに属しているホームレスほど、地理的に近い場所にいる仲間同士のインタラクションにより、高い生活水準を達成している可能性があることがわかりました。
その他には、エスニックマイノリティの居住集積や文化受容についての研究も行っています。

 

この研究に取り組むことになったきっかけを教えてください
中高生のころから毎日のように、通学・通勤中の電車から多摩川を眺めていました。その河川敷にホームレスの方々がところどころ密集して生活している様子が印象的で、「なぜ集まって生活するのだろう」と不思議に思っていたことが漠然としたきっかけです。
また、今春まで勤務していた東京大学空間情報科学研究センターでは、環境工学を専門とする同僚が部屋の温度と人の活動に関する研究をしていました。その研究について聞いたとき、日頃から不思議に思っていたホームレスの集住の効果の解明にこの手法が使えるのではないかと思いつき、この研究を始めました。

 

この分野や研究の魅力や面白いところはどんなところですか
都市・地域・空間経済学分野に限らず言えることかもしれませんが、日常の中に研究テーマのヒントが転がっていることがあります。例えば、普段街中を歩いていたり交通機関を利用したりする中に、不思議な現象があることに気づきます。どうしてそのような状況になっているのかについて考えを巡らせると、自分が勉強してきた内容や他の先行研究論文で述べられていることに共通するメカニズムが働いているのではないかという直観が芽生えます。そして、その直観が正しいのかあるいは正しくないのか、また正しくないのであればその理由を、確立された方法論を用いて検証することに、研究の面白さを感じます。
また、都市・地域・空間経済学分野は、特に実証分析においては、他の学術分野との親和性が比較的高いのではないかと思います。空間という研究対象は経済学だけでなく、工学等様々な学問分野での研究対象になっています。他分野の研究者との交流を通して、彼らが持つ手法を我々の分野に応用し面白い知見を得られる可能性を秘めている点にも、魅力を感じます。

 

大学院でこの分野を研究していくためには、どういった勉強をしておく必要があると思われますか
都市・地域・空間経済学で用いられる理論を習得することはもちろん重要ですが、それに加えて昨今の地理情報分野の発展・浸透に伴い、空間データを用いた研究もますます増えてきています。また、地理情報データの扱い方については、教材も充実しており学習しやすくなってきています。GIS(地理情報システム)など、空間データの基本的な扱いについてご自身で習得しておくと、経済学の基礎的な知識の土台に地理情報のスキルを上乗せして、比較的スムーズに研究を開始できるかもしれません。

 

最後に、学生へのメッセージをお願いします
基本的には自分が興味を持ったことや不思議だと思ったことを探求していってほしいです。そのためには、まずテーマを見つけるという観点から、アンテナを張ったり社会を観察したりすることを重視してください。普段の生活の中での発見や、報道を見たときに内容をただ鵜吞みせずに疑問を持つこと、他の分野の書籍や学術研究から得た新たな視点、他の研究者との会話の中での気づき等、専門分野の勉強以外にも、社会や他分野に視野を広げておくと研究テーマが思い浮かびやすいかもしれません。それらから得た独自の視点は他の人の研究との差別化にもなりますし、独自の切り口を持った研究につながると思います。このようにして思いついた研究テーマのうち、自分の持っているスキルや学術的な先行研究の知見を勘案して、現時点で実行可能な研究を行っていくのが現実的かなと思います。自分が思いついた研究テーマを遂行するにあたって関連しそうな背景知識やスキルを考えて、それらを自主的に身につけていってほしいです。そうすると実施可能な研究を増やすことができると思います。
また、同じ学術分野での研究を続けていたとしても、技術革新や新手法の台頭によって、今の自分の持っている能力だけでは研究の遂行が難しいという状況になることもあるかもしれません。そうした場合でも順応していけるように、自分には何が足りないのかを考えて臨機応変に不足を補っていけるよう、自主的に勉強を続ける事が研究の幅を広げることに繋がるのではないかと思います。

 

今回の取材をきっかけに、私にはあまり馴染みのなかった空間経済学という分野に興味を持つことができました。また、中川先生のお話を伺う中で、「専門分野以外にも興味を持って視野を広げることの大切さ」をひしひしと感じました。日頃からアンテナを張るよう心がけようと思います。

(OSIPP博士前期課程 中瀬 悠)


助教 中川万理子(なかがわまりこ)

学位:博士(経済学)(東京大学経済学研究科)

研究テーマ:マイノリティ人口の集積・空間的偏在に着目し、彼らの厚生等について、空間経済学的視点から分析・考察する

専門分野:都市・地域経済学、空間経済学

代表的な業績:
“Skill transferability and migration: A theoretical analysis of skilled migration under frictional skill transfer,” International Economic Journal, 34(2), pp.202-237, 2020.
“Segregation Patterns in Cities: Ethnic Clustering without Skill Differences,” Annals of Regional Science, 55(2), pp.453-483, 2015.
“Which Has Stronger Impacts on Regional Segregation: Industrial Agglomeration or Ethnolinguistic Clustering?” Spatial Economic Analysis, 10(4), pp.428-450, 2015.

参画している研究プロジェクト:
“Do People Accept Different Cultures?” (with Takatoshi Tabuchi, Yasuhiro Sato, and Kazuhiro Yamamoto).
“Linguistic Distance and Economic Prosperity: A Cross-Country Analysis,” (with Shonosuke Sugasawa).
“Residential Agglomeration of the Homeless and Its Effects on Their Living Standards,” (with Kotaro Iizuka).
“Segregation and public spending under social identification,” (with Yasuhiro Sato and Kazuhiro Yamamoto).