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【書評】Hiroo Nakajima ed., International Society in the Early Twentieth Century Asia-Pacific: Imperial Rivalries, International Organizations, and Experts

【書評】中嶋啓雄 編著 International Society in the Early Twentieth Century Asia-Pacific: Imperial Rivalries, International Organizations, and Experts

 

新潟県立大学 国際地域学部 専任講師
ミラー枝里香

 

20世紀初頭から中葉にかけて、アジア・太平洋地域の国際秩序は大きく様変わりした。それは当初英米主導で帝国主義的性質を持って形成されたものの、二度の戦争によって崩壊され、戦後アメリカ主導で再編されることとなった。本書は、国際民間団体と知識人が、こうした激動の過程においてどのような役割を果たしていたのか、日米関係を中心に日米英豪関係を射程として一次史料を網羅的に用いて検証したものである。編者の中嶋啓雄を研究代表者とする4年間の科研プロジェクト(基盤研究(B)15H03320)に基づき、著者たちが国内外で精力的に研究を行った集大成として出版されたものであり、一つ一つの論文が学界の研究の最先端を形成している。

本書を通じて明らかにされることは、アメリカが掲げたウィルソン的国際主義(「新外交」)と、英日両国が同地域において維持していた帝国的秩序(「アジア主義」、イギリス帝国・コモンウェルス)との軋轢である。具体的には、第1章(三牧聖子担当)、第3章(中村信之担当)と第6章(中嶋啓雄担当)において、1930年代半ば以降「新外交」の一翼を担った太平洋問題調査委員会(Institute of Pacific Relations, IPR)などの国際民間団体の活動が、実際には帝国主義的性質を内包していたことが明らかにされている。この点に関して、パートIの説明文(赤見友子担当)が、自由主義的帝国間秩序(liberal inter-imperial order)という概念を用いて、パートⅡが扱う戦後も含む20世紀前半から中葉にかけてのアジア・太平洋秩序についての読者の理解を促している。さらに第6章では、「新外交」が帝国的性質をも内包していたために、アメリカが自由民主主義に価値を置いていることを十分に理解している日本の知米派知識人でさえも、アメリカが孤立主義を貫くのであれば、日本の帝国主義はアジア・太平洋秩序を維持するうえで有益であるとの見解を一部持つに至ったことが明らかにされている。また第2章(高光佳絵担当)では、日本が満洲国を設立する過程でも、IPRの承認を獲得することができるのではないかと考えられていたことが明らかにされている。こうした相互関係と戦争によって国際民間団体の活動は下火となったが、戦後に脱植民地化が進むなかで再スタートを切った。この点に関して第4章(Jon Thares Davidann担当)と第7章(佐々木豊担当)では、1960年代に駐日米大使として日米イーコールパートナーシップを模索したE・O・ライシャワーをはじめ、アメリカにおける中国研究の巨星J・K・フェアバンクや政治学者R・ウォードが携わった日米知的交流について掘り下げられ、第5章(廣部泉担当)では知日派の元外交官キャッスルの活動に焦点が当てられている。同時に、ベトナム戦争から垣間見られるアメリカの帝国性が顕在化して、こうした活動との間に摩擦が生じることになったことも明らかにされている。

こうした本書の最も重要な学術的意義は、国際関係における規範の研究に対する貢献である。近年、ウィルソン的国際主義を体現した国際連盟、それと連携したIPRなどの国際民間団体、またそうしたIPRを財政的に支援したカーネギー国際平和基金やロックフェラー財団などのアメリカの大財団の動向に着目した研究が蓄積されている。このような、入江昭の言葉でいうところの「文化国際主義」が、国際秩序形成においていかなる役割を果たしていたのか英米の学界で明らかにされつつあるが、20世紀中葉を対象とした研究は手薄である。その理由は、E・H・カーの『危機の20年』に代表されるように、国際連盟を中心とするユートピアニズムへの強い反発があったためである。しかし本書で明らかにされたように、こうした時代にも、専門家・知識人は一貫して国際民間団体をつうじて規範的秩序構想を形成していた。つまり本書によって、アジア・太平洋地域の文化関係における戦前から戦後への人的継続性が指摘されており、20世紀中葉を研究対象から除外する傾向にあった学界に果たす貢献は大きい。

また本書は、グローバル・ヒストリーの構築にも大きく貢献している。歴史研究は、一国史もしくは地域史を基軸として発展してきたが、人・情報・思想の移動が年々大きくなりつつある近年、世界を一体のものとして捉え直す研究が蓄積されつつある。こうした研究の枠組みから地域の歴史を捉える場合、帝国主義、冷戦などグローバル・システムとの対峙の中でその歴史を紐解くこととなるため、研究の焦点は国家間関係や政府の動向に当てられる傾向にある。本書のように、文化国際主義に焦点を当ててアジア・太平洋秩序形成過程を考察する研究視座は、グローバル・ヒストリー研究を大きく発展させるものであると言えるだろう。

評者は冷戦史の一研究者であるが、その点においても本書は学術的に興味深い視点を提示していると考える。ここ20年、社会史・文化史的アプローチから冷戦を捉える研究が蓄積されており、各国で行われた文化発信が冷戦の展開にどのような影響を与えていたのか(あるいは与えていなかったのか)明らかになりつつある。本書では、文化国際主義がベトナム戦争で顕著となったアメリカの帝国主義的側面と衝突したことが明らかにされたが、その点において、文化的活動が冷戦という世界システムに与え得る限界を指摘したとも言えるのではないだろうか。


Hiroo Nakajima ed.,

International Society in the Early Twentieth Century Asia-Pacific: Imperial Rivalries, International Organizations, and Experts (London and New York: Routledge, 2021)

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⇒大阪大学での所蔵 [OPAC]