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室岡健志准教授 令和3年度日本学術振興会賞を受賞

室岡健志准教授 令和3年度日本学術振興会賞を受賞


第18回(令和3年度)日本学術振興会賞を受賞された室岡健志准教授にインタビューを行いました。
受賞の対象となった研究業績は「行動経済学を組み入れた市場分析およびその競争政策・消費者保護政策への応用」です。

 

 

今回受賞された研究内容についてお聞かせください

今回の研究内容は、産業組織論に行動経済学を組み入れることにより、必ずしも完全合理的に行動しない「ナイーブな消費者」の存在がどのように市場分析に影響を与えるか、またそのような消費者を想定することにより、競争政策や消費者保護政策への新たな含意を導いたものです。
ここでの「合理的な消費者」とは、自身の将来の行動に関して正しい予測を持って行動する人を指します。ダイエットに例えると「合理的な消費者」は実行不可能な努力目標は設定せず、たとえば明日絶対に運動すると事前に予想した場合は実際に運動します。一方で「ナイーブな消費者」は、突然に誘われた飲み会で暴飲暴食をしたり、当日になって運動が嫌になったりするなど、事前の予想と実際の行動が乖離してしまいます。このような“バイアス”からどのように消費者を守るか、という事を研究しています。

 

この研究に取り組むことになったきっかけを教えてください

筑波大学の社会学類で過ごした学部生の頃から、行動経済理論に興味を持っていました。東京大学の修士課程に進学後、産業組織論の講義から着想を得て、行動経済学的な要素のない産業組織理論の研究を行っていたところ、博士号取得のため留学したカリフォルニア大学バークリー校には、行動経済学と産業組織論を融合させた分野の研究を行っている教員がいたため、この研究に取り組むチャンスが生まれました。

 

この研究の魅力や面白いところはどんなところですか

「合理的な消費者」しか想定しない場合と「ナイーブな消費者」の存在を想定する場合では、市場競争の結果が大きく異なってくるというところです。自身の将来の行動を必ずしも正しく予測できる人ばかりではないことを市場分析に加味すると、企業の行動が変わり、経済厚生が変わります。具体的には、企業間の競争により、「合理的な消費者」しか存在しない場合には経済効率性および消費者の利益が確保されるような市場環境であっても、「ナイーブな消費者」の存在を想定すると、各企業は市場競争の結果として“「ナイーブな消費者」の過誤を最大限に誘発する”戦略を取る可能性があることを、一定の条件のもとで理論的に示しました。このような場合、有効な競争政策や消費者保護政策は既存のものと大きく異なります。

具体例として、近年までよくみられた携帯大手によるスマートフォンの2年縛りなどの長期契約の問題を挙げます。2年縛りの契約とは、最初の2年間スマートフォンを使用し続ける代わりに、安く利用できるという趣旨です。iPhoneなどのスマートフォンは生産コストが高く、企業はスマートフォンの生産コスト以下で消費者に本体を提供する場合もありますが、そのぶん割高な通信料のプランを組むことで本体代金を割り引いた分を2年のうちに回収しています。それだけ聞くと消費者もとくに損をしていないように感じますが、2年縛りの契約は自動更新され、次の2年間も途中解約には料金が発生します。ここで、不注意で契約変更を検討しないまま更新され、結果的に割高な通信量を払い続ける消費者もいたと考えられます。企業はそうした消費者の不注意から過剰な利益を得ている可能性があり、もしそうであればどのような政策が必要かということを分析しました。検討の結果、最初の契約時に契約内容を詳細に伝えるだけでは不注意な消費者に対しては不十分であり、2年縛り終了時の自動更新時に適切な情報を提供するなどの対応を行うことの重要性を理論的に示しました。日本でも、2017年以降2年縛りの契約更改時期を知らせるリマインダーメールを送ることを企業に義務付ける法律が施行されました。伝統的な経済学では(契約更新時期を忘れることもなく、不注意になることもない)完全合理的な消費者しか通常想定しないため、行動経済学を市場分析に組み入れることにより、こうした政策の分析が可能になりました。

 

受賞理由に「政策当局とも積極的に交流を行い、研究から得た知見を共有し消費者保護政策の形成にも貢献している」とありましたが、具体的にどのような機会があったのでしょうか

消費者庁、公正取引委員会、金融庁、国際協力機構、総務省、経済産業研究所などにおいて、報告や意見交換などの機会がありました。また「消費者契約法改正に向けた専門技術的側面の研究会」の委員として、上記の研究からの知見、とくに長期契約の解約料等に関する事項の情報提供について議論しました。他にも、契約条項については一般の人にとっては理解しがたい文言も多く分量も多いですが、それを分かりやすく伝える「義務」は企業には多くの場合ありません。しかし、たとえばスマートフォンアプリを取得する際の同意事項の全てに目を通し理解している人は少ないでしょう。伝統的な経済学では正しい情報が提供されれば、消費者は全て理解できる前提でしたが、実際にはそのような場合ばかりではないと考えられるため、契約条項など重要な情報が消費者に分かりやすく伝えられる必要性を議論しました。 本研究会の報告書概要などは、こちらにあります。

(OSIPP博士前期課程 岡春陽)

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室岡健志先生と筆者。OSIPPライブラリーにて。 (※撮影時のみマスクなしで撮影。)