教員

教員紹介:山下拓朗 教授

OSIPP経済系教員で、ミクロ経済理論を専門とされる山下拓朗先生にインタビューを行いました。山下先生はアメリカのスタンフォード大学で博士号を取得された後、フランスのトゥールーズ大学での約10年間の勤務を経て、2022年10月1日付でOSIPPに教授として着任されました。

 

 

現在取り組んでいる研究内容についてお聞かせください

メカニズム・デザイン理論と呼ばれる「ゲームのルールをどのように設定すべきか」に関する理論を研究しています。経済活動は、人々が一定のルールのもとでお互いの行動を読みあいながら行う一種の「ゲーム」と考えることができます。どのような行動に対してどれだけの利得が与えられるかのような “ルール” が変われば “結果” も異なってくるので、それを踏まえてどのようなルール設計が望ましいか、という視点が出てくるわけです。

 

この研究分野を専攻しようと思ったきっかけを教えてください

オンライン取材の様子(写真左:山下先生・右:筆者)

高校時代に数学の授業で学んだ線形計画法¹が面白かったことが、経済学を専攻するきっかけでした。線形計画法の初歩を学習した際に、先生が「こういうのは例えば経済学で使ったりします」とさらっとおっしゃって、個人的にこの線形計画法の勉強がなぜかゲームでもしているようでとても面白かったので、大学では経済学を学んでみようと思いました。このように線形計画・最適化理論²への興味から経済学に入ったので、学部生時代にもゲーム理論や契約理論といった、現在の研究分野であるメカニズム・デザイン理論と関連の深い授業を好んで履修していました。卒業論文執筆にあたっては、指導教官であった蓼沼宏一先生のゼミでメカニズム・デザインの記述が多くあるFudenberg and Tiroleのゲーム理論のテキスト(後述)を読んだり、また、修士課程時代には副指導教官の伊藤秀史先生が当時出版間近だった『契約の経済理論』の原稿を輪読したりするなかで、どんどん現在の研究分野に引き込まれていきました。

¹ 制約のもとで目的関数を最適化する解を見つける方法のなかで、制約も目的関数も一次の式で表されるもの
² ある経済的な目的の達成を目指す際に、どのようなルール設計が最善なのかを考えること

 

「ゲームのルール設計」というと抽象的に聞こえますが、どのようにして個々の研究の着想を得るのですか

ニュースや日常会話の中で興味を惹かれた事象から着想を得て、先ずはゲーム理論のモデルを立ててみるところから研究が始まることがあります。そして、そのモデルのルールを変更しつつ、それによってどのように結果が変わるかを分析することで、メカニズム・デザイン理論としての研究に繋げます。また、既存の研究をもとに、その仮定をより現実に即しているものに変えてみるとどうなるか、という視点から新たな研究を始めるケースもあります。

 

研究例や、その中での理論や分析手法が日常生活に応用できるような事例を教えてください

長期的な関係にある2人が、どのように自分のもつ情報を相手に公開していくのかについて考察した、インフォメーション・デザイン(情報デザイン)の分野における私の最近の研究例を挙げます。
ここでのインフォメーション・デザインとは、簡単に言うと「望ましい結果を得るためにはどのような情報をどれだけ発信するようなルールがよいか」分析するということです。インフォメーション・デザインもメカニズム・デザインと同じく、デザイナー(ルールや制度を作ったり、情報を発信する人)の決定を受けて、相手が自分にとって最適な行動を選択する、というパターンで表すことができます。
この研究の分析対象となりうる実社会の事例を3つ紹介します。 

個人間のコミュニケーションにおける情報公開:例えば、デザイナーを「プロジェクトのリーダー」もう一方のエージェントを「部下」として、部下の努力のインセンティブを最大にしてモチベーションを高めるためには、リーダーが仕事内容に関する良いニュースや悪いニュースをどのように部下に伝えるのが最適なのか、ということを分析することができます。
※この例についての詳細:https://www.osipp.osaka-u.ac.jp/ja/osipp-faculty/yamashita-takuro/

投票時における政府から国民への情報公開:イギリスのブレグジットの際のような、改革か現状維持かを問う国民投票を行う時に、政治家がどのような情報をどれだけ投票者に流すと、社会的厚生を最大化できるような、より良い投票結果がもたらされるのかという問題を分析しています。これは、現在取り組んでいる論文 “On the veil-of-ignorance principle: welfare-optimal information disclosure in voting” (Karine Van der Straeten氏との共著論文)の内容です。

中央銀行の政策の見通しに関する情報公開:中央銀行が、利上げの程度やそれを続ける期間といった金融政策の見通しについて情報公開をする際に、できる限り経済への悪影響を抑えつつ、インフレ抑制などの目的を達成する、というような問題にも応用できるのではないかと考えています。

このように、仮に具体的な事例から着想を得た場合にも、その個々について望ましい制度を考えるというアプローチではなく、数学的なモデルとして定式化するというアプローチをとることで、望ましいルール設計についてより一般的な示唆を与え、上記の3つのような異なる事例を同様の手法で分析できるようになるところが、理論分析の特徴であり面白いところの一つだと思います。

 

推薦する図書があれば教えて下さい

研究関連の推薦図書は、Fudenberg and Tiroleのゲーム理論のテキストです。ゲーム理論やメカニズム・デザイン理論を将来研究したい方はもちろん、ミクロ経済学の応用分野に興味のある方にも辞書的に使える一冊です。私が大学生の頃ですでに10年以上、今だと30年も前の出版ですが、いまだに「定番」として読める本のひとつだと思います。

研究に関連するもの以外では、国谷 誠朗の『孤独よ、さようなら―母親からの脱却』(1978、集英社)という交流分析(Transactional analysis)の入門書がよかったです。自分の対人関係について客観的・俯瞰的に考えたいと思ったときにおすすめです。

 

トゥールーズ大学キャンパスで撮影

学生に対してのメッセ―ジをお願いします

「楽しんで研究をすること」が大切です。私も論文が雑誌にアクセプトされないときなど、研究者特有の大変な思いをすることもありますが、その大変さやストレスを背負いすぎないための秘訣は、やはり自分が面白い、楽しいと思う研究をすることです。私は、最終的に設定した最適化問題を解くための道筋を明確に思いついたり、最終的に解けたりした瞬間の喜びや、それを共同研究者と共有する楽しみのために研究をしているような気がします。流行りの研究だからなどという理由でプロジェクトを始めるのもよいかもしれませんが、その中でも自分なりの楽しさがないとモチベーションを保てず、結果的に良い研究にはならないかもしれません。反対に、本人が楽しいと感じているのが伝わるような研究は、たとえ道半ばでも人々の関心を引いたりすることもあります。学生のみなさんにはぜひ楽しいと思える研究をしてほしいと思います。

 

(法学部国際公共政策学科 池内里桜)

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教授 山下拓朗(やましたたくろう)

研究テーマ:メカニズム・デザイン理論、ゲーム理論

専門分野:経済学(ミクロ経済理論)

学位:博士(経済学)

<代表的な業績>

[1] ”Mechanism games with multiple principals and three or more agents”, Econometrica, 2010, 78(2), 791-801.
[2] ”Implementation in Weakly Undominated Strategies, with Applications to Auctions and Bilateral Trade”, Review of Economic Studies, 2014, 82 (3), 1223-1246.
[3] ”Optimal Persuasion via Bi-Pooling”, with Itai Arieli, Yakov Babichenko, Rann Smorodinsky, April, 2022 (accepted, Theoretical Economics).