教員著書・論文受賞

山下拓朗先生 第20回(令和5(2023)年度)日本学術振興会賞・日本学士院学術奨励賞受賞インタビュー

第20回(令和5(2023)年度)日本学術振興会賞・日本学士院学術奨励賞(日本学術振興会賞受賞者25人を対象に選考され、その中から6人以内に授与される賞)を受賞された山下拓朗教授にインタビューを行いました。今回受賞した研究課題は「制度設計と情報設計の理論およびオークションや市場・組織分析への応用」です。(写真 右側:山下先生・左側:筆者)

 

 

今回受賞された「制度設計(メカニズム・デザイン)」の研究についてお聞かせください。

私たちの社会・経済においては、日々様々なルールをもとに活動を行っています。ルールが変われば人々の行動も変わってくるため、制度設計者の観点からどのようなルールを設計すべきか、ということが重要な問いになってきます。この大きな問いの中で、「複数の設計主体が存在する状況」(例:複数の国が、保護や規制の制度を設計することによって多国籍企業の誘致をめぐって競争するような状況)や「制度に参加する経済主体が必ずしも経済学的な意味で合理的でない状況」(例:消費者が自分の利得を最大にするような行動を取らない状況)を含むいくつかの分野の研究にこれまでに関わってきました。これらの具体的な受賞理由に挙げられている研究以外にも、「制度に参加する経済主体について設計者が限られた情報しか持っていない場合の頑健な制度設計」や「設計者から複数への参加主体への情報設計」に関する研究にも取り組んできました。(研究紹介:【教員紹介】山下拓朗教授

 

受賞理由に「現実の経済・社会問題への応用を強く志向している点」や「問題を扱う基礎を築いたという点」が重要であるとありますが、具体的にはどのようなことでしょうか。

制度設計理論には、他の理論と同様、先人による知識の蓄積がありますが、ベースラインとなる既存の理論モデルは、さまざまな文脈に応用することを想定して個別事象のエッセンスだけを取り込んだものが多く、その含意をより現実的な事象に適用しようとすると理論と現実のギャップは避けられません。そのギャップがあまりに大きいのであれば、理論を修正してより現実に近づける必要があります。例えば、ベースラインのモデルから重要な現実世界の要素が抜けている場合は、それらをモデルに取り込む必要があります。また、より現実に近づけた問題を解くときには基本的な理論ツールが使えない場合もあるため、問題を扱うためのツールの開発から始めなければならないこともあります。私の研究はこのような理論と現実のギャップを縮める試みの結果と考えられると思いますし、その試みの中で理論的発展に貢献できるところに研究の面白さを感じています。今回の受賞についても、そのような方向性を支持し、応援していただいたことによるものと思います。

 

受賞の感想や授賞式の様子を教えてください。

受賞の知らせを聞いたときは、驚くと同時に嬉しく思いました。2024年3月7日に明治記念館で行われた両賞の授賞式では、秋篠宮両殿下と言葉を交わす機会もいただき、あらためて今後の研究への思いを新たにしたところです。個人的には、他の受賞者の方々の様々な研究テーマがいずれもとても面白く、半日のイベントではありましたが自分の視野を広げてもらった思いです。とりわけ日本学士院学術奨励賞受賞者の他の5名の方については、いずれもその分野でのブレイクスルーを成し遂げていることが部外者の私にも伝わってくる内容で、衝撃を受けました。6人目の受賞者に選んでいただいたことは光栄ではありましたが、まったく慢心できるような状況ではないことを肝に銘じる機会になりました。

 

前回のインタビューや授業を通して、山下先生が楽しんで研究に取り組まれている様子が伝わりました。その上で、さらに今回のような業績を残されていますが、研究者としての秘訣はありますか?

この研究をしていて大きな喜びを感じる瞬間は、ぼんやりと感じている社会・経済問題に関して、具体的な形で制度設計問題として書き下せたときです。特に、それが既存研究によってカバーされていない新しい問題だと分ったときは、研究者としてさらに喜びが増します。また、その問題を実際に解き新たな知見を得られた瞬間を、共同研究者や同僚、近しい分野の研究者と分かち合う時間はとても楽しいものです。しかし、その後研究が論文として出版にこぎつけるまでは地獄の針山が待っていることもあり、研究が思うように進まないことも多いです。研究が評価されない時にめげないためには、自分が「こういうことを知りたいからこの研究をしているんだ」と思える研究をすることが大事だと思います。また、学部生だった時の指導教員の先生に「10〜20個あるアイデアの中で、論文として出版されるのは1個ぐらいだという心持ちで研究した方がいい」と言われたのが心に残っています。出版に至るようないいアイデアはなかなか思いつかないものの、ブレイクスルーするアイデアはあるとき突然降ってくるものだと信じて、アイデアを出すこと自体は欠かさないようにしています。

 

これまでされてきた研究を応用したい現実の問題はありますか?

理論的な観点から興味を持っている現実の問題としては、経済学的な意味での合理的でない主体に対する設計問題にはとても興味を持っています。行動経済学で想定されるような限定合理的な経済主体にも興味がありますし、そもそも、体内の臓器や植物、昆虫といった人間以外の主体でもいいのかもしれません。

昆虫ですか…?!

はい、これらの「非伝統的な」主体に対する設計問題について何かできたら面白そうだというのが、最近個人的に流行っている妄想です(笑)

最近、テレビで人間以外の動植物なども活発にコミュニケーションを取っているということを知り驚いたのですが、このようなコミュニケーションを理解するために、情報設計(インフォメーション・デザイン)の枠組みが役に立つのではないかと思っています。情報設計では、情報を送り手が情報の伝え方などを設計し、受け手がその情報を元に信念を更新し最適な行動を取るという風にモデルを立てるのですが、情報の受け取り手は必ずしも経済的な合理性がある主体に限られません。従って、「植物が化学物質を出し、それを受け取った昆虫が植物の敵を捕える」、「脳が物質を出し、それを受け取った細胞が活性化する」といった類のコミュニケーションの事象に応用するのも面白そうだと思っています。

(博士後期課程 池内里桜)

日本学術振興会賞

https://www.jsps.go.jp/j-jsps-prize/kettei.html

日本学士院学術奨励賞(日本学術振興会賞受賞者25人を対象に選考され、その中から6人以内に授与される賞)

https://www.japan-acad.go.jp/japanese/news/2024/011201.html

 

※産経新聞「秋篠宮ご夫妻、日本学術振興会賞授賞式ご臨席 若手研究者への支援「大きな意義」」(2024年3月7日配信)に山下先生の写真(右端)が掲載されています。