アーカイヴァル・リサーチについて
2024.5.14
アーカイヴァル・リサーチについて
私は現在、博士後期課程に在籍しており、政治・外交史を専門としています。今回は歴史的研究手法の1つであるアーカイヴァル・リサーチについて私の経験に基づいて紹介します。
(写真:NA2所蔵文書にあるマッカーサーのサイン。写真を撮るには”DECLASSIFIED”と書かれた小さな紙が必要。)
アーカイヴァル・リサーチとは
まず、アーカイブスとは、記録媒体の保管場所を意味し、主に公文書館や資料館を指します。一般的な図書館に所蔵されるような書籍や論文といった二次資料ではなく、外交文書や会議録、個人の日記というような一次資料を所蔵しており、それらを用いる研究がアーカイヴァル・リサーチです。複数のアーカイブスを利用し、多角的な資料収集を行うことはマルチ・アーカイヴァル・アプローチと呼ばれます。
リサーチの流れ
次に、研究テーマを決め、二次資料をある程度読み終えた後の大まかな研究の流れについて、日米外交史を例に紹介します。歴史的アプローチでは先行研究の文献表や注釈が重要になります。とくに注釈では、どこに所蔵されているどのような資料を用いたかが明記されており、それらをトレースすることからスタートします。不慣れなうちは少し分かりづらいかもしれませんが、注釈を読み込んでいくうちに慣れてくるはずです。
史料には既に刊行されているものと非刊行のものがあります。刊行資料は膨大な数の資料群から重要度が高いものが抜粋されているため、まずは刊行資料から調べます。特に米国に関わる外交史ではThe Foreign Relations of the United States (FRUS)が刊行されており、これは必読です。刊行されている量や質については、国や年代によってまちまちですが、近年ではオンラインで閲覧可能な一次資料も増えてきています。そのおかげもあって私はコロナ禍でも修士論文を執筆することが出来ました。
刊行資料のチェックを終えたらいよいよアーカイブスの利用ですが、アーカイヴァル・リサーチでは事前の調査・準備が非常に重要です。アーカイブスのほとんどは閉架式となっており、見たい資料をその都度申請して(申請書:写真)、書庫から出してきてもらい閲覧する流れです。つまり、事前に閲覧したい資料の目途を付けていく必要があるのです。目途を付ける手段としては、まず先行研究の注釈およびFRUS等刊行資料の注釈や資料番号から探します。
(例:米国ナショナルアーカイブス所蔵の手紙)
McClurkin to Robertson(送り主 to 宛先), “Agreement for Loan of Naval Vessels to the ROK”(文書のタイトル), December 28, 1954(文書の日付), RG 59(Record Group、分類番号*¹), Lot File 55D480(各省庁の分類番号 [重要]) , box3(箱の番号), NA(所蔵先).
*¹:59は国務省の文書であることを意味する。各アーカイブスに独自の分類法が用いられている。
上記の例からは、米国ナショナルアーカイブス(NA)所蔵、米国務省文書、55D480(下の写真)に分類される集まりの3箱目に入っていることが分かります。
このような作業で感覚を掴みながら各アーカイブスのデータベース(NA、国立公文書館、外交史料館、国会図書館)でキーワードや年代、分類番号などから検索を進めます。ここで注意すべきポイントは、先行研究に記載があるものと同一のものであっても分類番号が異なって表示されていたり(数字が複数あったり)、当時は公開されていたものが再び非公開になるなど、様々な理由で発見が困難なことがあります。必ずデータベースで確認した上で、そのページをブックマークしたり印刷したりしてアーカイブスに持参すると良いと思います(紙媒体の持ち込みについてもルールを要確認のこと)。
そして最後は現地で見つける作業です。特にNAは資料数が膨大であり、直接行ってみないと分からないことも多くあります。NAはアーキビストたちに協力してもらい発見していくスタイルです。訪問前に事前にどんな資料を探していて、なにが分からないのかをメールにて相談しましょう。
アーカイブス利用の大まかな流れ
先にも述べた通り、アーカイブスは閉架式ですので通常の図書館とは利用方法が大きく異なります。詳細は、書籍やインターネットで検索すれば紹介がありますので参照してください。各アーカイブスで異なる点はありますが、大まかな流れは以下のとおりです。
現地で利用登録(初回) → 荷物をロッカーに預け「閲覧室」に入室(持ち込める物に制限があります) → 閲覧したい資料を申請 → 資料を受け取る → 閲覧 → 返却 (の繰り返し) → 退室手続き
※事前予約の必要性などについては要確認
各アーカイブスの特徴(2023年冬時点)
a. The National Archives at College Park [NA2](米国)
米国ナショナルアーカイブスには歴代大統領図書館等のほか、NA1とNA2があります。戦後外交史を研究するほとんどの研究者はこちらの2を利用することになります。2は研究者向けですが、1はワシントンD.C.の中心地にあり観光として訪れるのもお勧めです。NA2はメリーランド州カレッジパークに位置し、周辺に宿泊先が少ないため滞在先選びが重要になります。NA1と2を繋ぐシャトルバスがあるので、D.C.で拠点を探すのも1つの選択肢です。
NA2は細かなルールが多く存在します。資料の撮影は可能ですが、撮影の際にはロットごとにカウンターにて撮影申請、”DECLASSIFIED”と書かれた小さな紙を貰い、全ての撮影時にその紙を添えなければなりません(冒頭の写真)。
そしてNA2で最も重要なことはアーキビストたちに相談することです。NA2では閲覧申請をするための申込書にはアーキビストたちのサインが必要です。まずは2階の閲覧室に行く前に3階の目録室に行きアーキビストたちに閲覧したい資料について相談しましょう。アーキビストたちは資料発掘のプロフェッショナルで、先行研究の記載ミスがあったにも関わらず求めている資料へと導いてくれたこともありました。アーキビストたちはシフト制で交代しますが、特に顔見知りの方を作る(知り合いから紹介してもらう)等して連携を密にしておくのがコツです。
b. 国立公文書館(東京)
国立公文書館の利用に予約は不要で自由に撮影が可能です。最も使い勝手が良いと感じる反面、資料の量はあまり多くなく、また資料の発見も少し難しい印象です。私は知人の大学院生に防衛庁から移管された資料があるよと教えてもらい訪れました。今後は資料がさらに整備・公開されていくかと思いますが、国内行政に関わる資料が中心になっているため外交史を研究される方にとって優先順位は下がるかと思います。
c. 外務省外交史料館(東京)
こちらも自由に撮影が可能で、外務省関係の文書が閲覧可能です。外交史料館は上記国立公文書館に比べると、外交に関する資料整理・公開が進んでおり、当該分野を研究される方にとっては優先度が高いのではと感じます。
d. 国会図書館 憲政資料室(東京)
憲政資料室には、個人文書のほか、他国のアーカイブスから集めた資料のマイクロフィルムが閲覧可能です。憲政資料室の利用には国会図書館の利用登録のほかに同室利用の登録が必要ですが、こちらは即日発行してくれます。
主に近現代に活躍した歴史的人物たちの個人文書が所蔵されており、研究分野に関わらず見応えがあります。また、米国まで行かなくてもNARA2や大統領図書館の資料が一部閲覧できるのは助かります。他方で、国会図書館内での撮影は禁止されており、必要な資料は印刷(有料)をするかメモを取る必要があり、使い勝手が良いとは言えません。
最後に
アーカイブスは歴史上1つしか存在しない希少な資料を公開しながらも後世に残し続けるという理念のもと、利用にあたりカメラ撮影の可否や持ち込める物の制限など細かなルールが多く設けられています。アーカイブスを利用する際には、まずは該当施設のホームページで利用方法を必ず確認してください。コロナ禍ではルールの変更が頻繁に起こりました。毎回チェックを怠らないように注意が必要です。
またアーカイブスは行政機関に属するので休館日が必ずあります。収集した文書を整理して次の訪問準備をすることも大事ですが、せっかくの機会なので様々なところを訪れたり人的交流を図ったりして有意義なものとしてください。私の場合は、大統領選挙が近づく米国にて民主党・共和党に関係する知人たちと、あくまでプライベートではありますが、交流できたのは大変良い経験となりました。
ここで説明したのは一例であり、研究対象とする年代・国によっても全く異なると思いますが、少しでも参考になれば幸いです。アーカイヴァル・リサーチは難しさもありますが、資料を発掘するお宝探しのような楽しみもあり、また歴史上の人物の直筆を手に取る体験は不思議な感覚をもたらしてくれるかもしれません。ぜひ、歴史に直接触れてみてください。
※上記調査はJST 次世代研究者挑戦的研究プログラム JPMJSP2138 の支援を受けたものです
(OSIPP博士後期課程 平野 歩)