2024.7.29
2022年度OSIPP博士前期課程の修了生で、現在シンクタンクの研究員として勤務している千馬あさひさんを取材しました。千馬さんが執筆した論文「選挙の頻度と投票率」が、日本選挙学会において、2023年度日本選挙学会賞 優秀論文 を受賞しました。今回は、受賞論文及びOSIPP修了後の仕事内容について聞きました。
今回受賞された「選挙の頻度と投票率」の研究についてお聞かせください
一定期間内に行われる選挙の頻度が高まると、その後に実施される選挙の投票率が低下するという関係を分析した研究です。
日本では4年おきに、都道府県レベルと市区町村レベルの選挙を2回に分けて全国的に期日を統一して行うという「統一地方選挙」が実施されています。しかし、統一地方選挙を実施している自治体は減少しており、2023年に行われた統一地方選挙の実施率は28%程度でした。つまり、ほとんどの地方選挙が別々のタイミングで実施されていることになります。例えば、2015年統一地方選挙から2019年統一地方選挙までの間に、一度も選挙を行わなかった自治体もあれば、5回の選挙を行った自治体も見られました。
選挙の頻度が高まると何が起こるのでしょうか。先行研究では、選挙の頻度が高まると有権者は「投票疲れ」を感じて投票に行かなくなるため、投票率が下がるといわれています。また、選挙の頻度が高まることで地方政治家の資源やモチベーションが減少し、有権者への働きかけが弱まった結果として、有権者が投票に行かなくなるというメカニズムも考えられます。
今回の「選挙の頻度と投票率」という研究では、選挙の頻度が投票率にどのような影響を与えるかを検証しました。2013年の参院選以降で2016年の参院選までに行われた地方選挙の回数が多い、また2016年の参院選の直近に行われた地方選挙からの経過日数が短い自治体では、2016年の参院選の投票率が下がっていたということを、差分の差分法を用いて示しました。また、これらの関係は特に市区で観測されました。
2023年度日本選挙学会賞の受賞とのことですが、ご自身の仕事と研究活動をどのように両立していたのですか
実は、この論文は修士論文を基に執筆していて、修士論文提出後の1か月ほど、つまりOSIPPを修了する前にほとんど完成させていました。論文を投稿した後も査読者からのコメントをもとに修正するという作業はありましたが、大きな変更はありませんでした。そのため、指導教員であった松林先生と面談をしながら、終業後や土日の時間を使って完成させることができました。
もともと、会社員としての仕事が始まってからも自身の研究を続けていけたらいいなと思っていました。最近は、ある選挙における投票率の前回からの上昇を、投票者の属性の変化があったと捉え、その結果どのように政党の得票率が変化するのかというテーマや、政党の得票率が変わり投票者の属性が変化するのであれば、政党の各政策に対する支出や優先順位はどのように変化するのかというテーマで研究をしています。この研究は、OSIPP修了頃からやってみたいと思っていた研究で、現在分析を進めています。
他にも、地方議会における女性の政治参加にも関心を持っていて、現在何かできないかと画策しています。こちらのテーマはいつか自分の仕事につながれば良いなと思ってもいます。
現在のお仕事について教えてください
現在は、シンクタンクで研究員として働いています。具体的には、データの収集・加工・分析まで、データに関する一連の作業に携わっています。OSIPPで学んだ回帰分析というよりは、データを整理したりクライアントの意図に沿って分析、可視化したりすることが多いです。
特に、今まで知らなかった分野のデータに触れることができることはとても面白いと感じます。例えば、昨年は世界中の特許当局から集められた約4000万件の公表書誌情報をデータとして扱いました。そのままの状態では分析ができないため、まずは分析ができるようデータの整理を行いました。その後機関別の分析が行える状態にデータを整え、研究力の評価を行うことが分析の目的だったため、論文による引用との関係や出版論文数との関係等を見れるようにグラフへと可視化しました。このように、そのままでは意味を持たないデータを、分析や可視化を通して何らかの示唆を与えるものに変えることができる点が、この仕事の魅力だと感じています。
なぜシンクタンクに勤務しようと思ったのでしょうか
学部時代からデータ分析を通して触れてきた、政策の効果検証や合理的根拠に基づく政策立案(Evidence Based Policy Making : EBPM)に関心があったことが一番の理由です。
私が最も課題意識を持っていたことは、実際に効果検証を行う以前の段階で、エビデンスを生み出すために必要なデータを扱う環境が整っていないという点でした。例えば「現在実施されている政策の効果を検証したいのにデータがない、あるいは提供してもらえない」という声をOSIPPの同期から聞くこともあったので、印象に残っています。このような経緯もあって、まずはデータを使いやすい環境を整えたり、利活用を推進したりする仕事をしたいと思うようになり、現在の仕事に就くに至りました。
もともと研究はとても好きだったので、博士後期課程への進学とも迷いました。しかし当時は、研究をすることが目的になっており社会に対する問題意識や、研究によって成し遂げたいことが明確ではありませんでした。いずれ博士課程に進むにしてもまずは一度社会に出てみようと思い、就職を選びました。
シンクタンクに勤務を希望する場合は、学生時代にどんな準備をしておいたらよいでしょうか
今、目の前の勉強や研究、その他ご自身が興味を持たれている活動に全力で取り組んでおくことが良いと思います。シンクタンクには「社会をこうやってよくしたい。こういうことをやりたい。」という思いの強い人が多いです。普段の講義や研究等でスキルセットを整えるだけでなく、是非ご自身が関心のあるトピックに目を向けて考えたり議論したりする癖をつけてみてください。特に興味のあることに対して、自分自身で学習を進め実践してみるという経験は、今でも非常に役立っていると感じます。もちろん、実際にOSIPPで培ったデータ分析のスキルもそのまま活かすことができています。
また、データ分析に関心のある学生の方は様々なデータ分析の業務を見てみることをお勧めします。一口にデータ分析といっても、OSIPPで学ぶような計量経済学のデータ分析もあれば、情報学やデータサイエンスの分野のデータ分析もあり、考え方や方法がかなり異なります。
今振り返ると、OSIPPでの学生生活は本当に貴重だったと心の底から感じています。修了時の院生投稿にも書きましたが、勉強、研究、アルバイト、語学留学と多くのことが経験でき、それが今の活力になっています。学生の皆さんも今のうちにやりたいことはやっておいてください!
(OSIPP博士前期課程 山本葉月)