教員紹介:西山克彦 講師
2024.10.15
教員紹介:西山克彦講師
2024年7月1日付で講師として着任した西山克彦先生にインタビューを行いました。西山先生は東京大学公共政策大学院修士課程を卒業後、シンクタンクでの勤務を経てアメリカのノースカロライナ大学チャペルヒル校で博士号を取得しました。 西山先生の専門は健康経済学です。
西山先生は当初から経済学の研究者をめざしていたのでしょうか。
いいえ、むしろ学部の1,2年生のころは考古学や社会心理学に関心がありました。しかし、ひょんなことから経済学部に進学したのち、開発経済学のゼミでモンゴルやバングラディッシュにフィールドワークに行った経験などから経済学を学ぶことに関心が高まりました。
ただ、当時は経済学を本格的に勉強して研究者になりたいという意欲は持っていませんでした。周囲には、学部生のころから経済学研究科の授業を取って進学の準備をする優秀な人達がいたため、卒業後は就職するつもりで公共政策大学院に進学しました。この頃は、私は自分の好奇心の赴くままドイツ語や西洋哲学など経済学以外の勉強もしていました。
転機となったのは、公共政策大学院にいたころに、授業の一環で保険診療の詳細をまとめたレセプトデータと健康診断の結果のデータに触れる機会を得たことでした。その際、データを使って問いを検証するということにおもしろさを感じました。大学院を修了してシンクタンクに就職した後も、指導教員とそのデータを使った研究を続けていました。当時の会社にも満足していましたが、学術研究に本格的に携わりたくなり、博士課程に進学しました。
シンクタンクの研究員と大学の研究者とでは、研究の位置づけや社会問題への向き合い方は異なるのでしょうか。
私が当時働いていた部署では大学に所属している研究者などの有識者からアドバイスを受けながら、クライアント(中央官庁・地方自治体・外郭団体等)の問題意識のもとで調査・分析を実施することが多かったです。そのため、研究のきっかけは既に与えられていることがほとんどでした。一方で、大学の研究では、どういう問題意識でどういう問いに答えるのか、それを自分自身で決められるところが特に大きく異なる点だと思います。
ただ、シンクタンクの仕事には学術研究とは違う面白さもあると思います。例えば、クライアントや現場の利害関係者たちが感じているリアルな問題意識に触れる機会が多いことは大学の研究とは違うところです。そして、政策内容に直結する可能性があることも大学の研究者と違う点ではないでしょうか。これは怖くもあるし面白くもある点だと思います。
西山先生がこれまで行われてきた研究についておしえてください。
2つ紹介します。一つ目は、健康診断がその後の医療サービス利用や健康状態に与える影響を分析した研究です。毎年受ける健康診断の項目に、空腹時血糖という糖尿病の兆候を示す基準値として知られているものがあります。この研究では、ある年の健康診断で血糖値がこの基準値をギリギリ上回った人と、ギリギリ下回った人を比較しました。結果、基準値をギリギリ上回った人は下回った人と比べて、医療サービスの利用がその後増えていましたが、翌年の血糖値は下がりませんでした。しかし、分析対象をハイリスクの人々(メタボリックシンドロームの可能性が高い人々)に絞ると、基準値を超えた場合に翌年の血糖値の低下がみられました。これらの結果は現在の基準値設定を見直す必要があること、またハイリスク者への健診を通じた予防医療が特に重要であることを示唆しています。(論文:https://doi.org/10.1016/j.jpubeco.2021.104368)
二つ目は、公的医療保険が国民の一部にしか提供されないアメリカにおいて、病気や怪我の際に医療費を払うというリスクに対する人々の行動を分析した研究です。医療費リスクへの対処には、民間医療保険への加入・貯蓄や借入・医療機関が提供するセーフティネットという3つの手段が主にあります。人々がこれら3つの手段をどのように使い分けているのか、また民間医療保険への需要が他の2つの手段の利用可能性に応じてどの程度異なるのかを明らかにしようとしています。(詳細:公式HP教員紹介・研究内容)
西山先生はどのように研究の着想を得ているのでしょうか。
経済学においてデータを用いた研究をするには以下の3要素が重要ではないかと思います。
① 経済学の知識から生まれる問題意識
② 自分が関心を持っているテーマ
③ 上記二つに関する十分なデータが存在する
博士論文にあたる研究は、留学時に米国公共ラジオ放送(National Public Radio)が特集していた医療費負担問題の番組に影響を受けたことがきっかけです。国民皆保険ではない米国で人々が医療費リスクにどう対処しているかに関心を抱き(②)、授業で学んだ知識が応用できそうで(①)、データの目途もつきそうだ (③)と感じたことから “MEDICAL DEBT, SELF-INSURANCE, AND THE VALUE OF HEALTH INSURANCE FOR THE NON-ELDERLY”という博士論文を執筆しました。
「いい研究者」になるうえで重要なことを教えてください。
難しい質問ですね。一つ挙げるとしたら「open-mindedであること」は重要なのではないかと思います。論文を書く意義のある問いをみつけることは非常に難しいのですが、例えば日々のニュースや自分とは関係ない分野の論文、はたまた少し前の雑誌などから問いを見つけることがあるかもしれません。また、そうやって見つけた問いを研究成果につなげるうえでは、いろいろな人からコメントをもらうことが必要不可欠だと思います。いろいろな人のからコメントをもらったことは研究への自信にもつながります。ですから、いろいろな事柄や人に対してopen-mindedであることは重要ではないかと思います。
学生の皆さんにメッセージがあればお願いします。
特に大学院の学生は…研究・勉強に集中する日々だと思います。でも一人で籠ってると精神衛生上が良くないので、指導教員と定期的に話すことを強くお勧めします(きちんと研究・勉強に取り組んでいることが前提ですが)。もし思い通りの結果が出ない場合や成果が上がらない場合でも、自分がその悩みを抱えてることをアドバイザーにも認識してもらい、辛さを一緒に背負ってもらうことは大切だと思います。それが難しかったら、同級生と話すとよいでしょう。院生は悩むことが多いです。他の人に話しても解決しないこともありますが、気は楽になると思います。
【好きな論文】Ehrlich and Becker (1972, JPE)
例えば、病気になるリスクやそれに伴う医療費支払いのような金銭的リスクにどう対処するかという意思決定の研究については、この論文が議論を分かりやすく整理しています。
【推薦図書】 後藤励・井深陽子 著「健康経済学」
健康・医療経済学全般について参考になります。
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講師 西山克彦(にしやまかつひこ)
研究テーマ:健康、医療保険、労働
専門分野:健康・医療経済学
学位:Ph.D. in Economics(ノースカロライナ大学チャペルヒル校)
<代表的な業績>“False Alarm? Estimating the Marginal Value of Health Signals”
(with Toshiaki Iizuka, Brian Chen, Karen Eggleston). Journal of Public Economics. Mar. 2021. Vol. 195.
<現在取り組んでいる研究プロジェクト>雇用主が提供する医療保険に関する実証研究
<個人サイト>https://sites.google.com/view/katsunishiyama/
(OSIPP博士前期課程 辻本篤輝)