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【書評】松林哲也 著『政治学と因果推論―比較から見える政治と社会』

松林哲也 著
『政治学と因果推論―比較から見える政治と社会』
(岩波書店、2021年)

 

関西学院大学 総合政策学部  教授
 大村華子

 

本書は、社会科学における因果推論の興隆のもとで、特に政治学におけるその展開をわかりやすく解説し、発展性を示した本である。著者自身が政治学(社会科学系)と公衆衛生学(自然科学系)の間を自在に行き来し、多くの重要な研究を生み出してきたからこその優れた概説書である、と評者はまず感じた。書評として、本書はどのような良さを持つ本か、どういった人が本書を読むと良いかを、以下で述べたい。
 
本書はどのような良さを持つ本か?
本書の特徴は、簡単な実例・数値例をもとに、読者が因果推論と聞いた時に持つ抵抗感をやわらげながら、徐々に各手法の精密な理解に導いていくスタイルにある。類書の中には、研究手法の紹介に際して、専門的な数式の説明から導入がなされるものも多い。そうした構成は意欲的な学生・研究者にとってはうれしいものだろう。しかし、政治学のすそ野は広く、統計的因果推論へのさまざまな習熟度合いの学生・研究者を含んでいる。本書各章の構成は、政治学における因果推論の間口を広げるという目的に立って、幅広い層の読者が置き去りにされないように、十分な配慮がなされた理想的なものになっている。 
そうした平明さの一方で、著者は、単に「政治的な現象を因果推論してみると…」という例示の仕方に甘んじていない。他分野で開発された手法を政治的現象に応用してみよう、という単調な書きぶりではなく、政治的現象にこそ、因果推論を必要とする局面が多くあることを随所でうまく示している。それゆえに、政治学の分析において発展を見たアプローチがあったことを、研究紹介もまじえて丁寧に論じている。第6章の不連続回帰デザイン、第8章の差の差法の説明は、その最たるものであると評者には感じられた。
また、分析例や研究紹介に関しても、それらがどのように社会に対する処方箋につながっているのかが十分に示されている。事実と反事実との「比較」は、本書の一貫したキーワードであり、因果関係の根本問題もそこに根差していることはよく知られる。こうした比較の営為は、ともすれば社会の存在をかえりみない、研究者による知的洗練の追求ともとられかねない。しかし著者は、このアプローチこそが社会に対して、信頼性の高い処方箋を提示しうる数少ない方法の1つであること、いくつかの政治的現象に対してはとりわけ有効であることを浮き彫りにしている。
同時に著者は、分野横断的な研究を進めてきたことから、因果推論になじまない分野があることを熟知し、第10章で的確にそれらを論じてみせている。こうした研究上のアプローチに触れる概説書の場合、著者は、そのアプローチをより多く普及させたいと思うだろう。しかし本著者は、全ての研究をその方向に誘導せず、抑制的な主張に努めていることが印象的だった。著書は、多くの研究手法に対する目配りをもとに、研究者が方法の多様性のもとに棲み分け、政治学ひいては人文社会科学をより豊かなものにする余地を示しえている。
 
本書は誰に読まれると良いか?

では本書は、誰の手に取られて、読まれていくのが良いだろうか。
第一の読者は、政治学や国際関係論の基礎的素養を身につけ、次の段階として卒業論文を書こうとしている学部生や、修士課程の院生になるだろう。卒業論文のためにリサーチデザインを組み立てたり、修士論文のために新たにリサーチデザインを見直したりする際に、本書は手法の習得を助けるばかりでなく、有用な研究設計の指針を提供してくれるはずである。そうした読者の皆さんは、第9章に目を通して、いま一度自身の研究設計を見直すことに、本書を活用されてみてはいかがだろうか。
第二の読者は、政治・行政の実務に携わる人たちだろう。いまや多くの自治体では、総合計画等にEvidence Based Policy Making (EBPM)の重視が盛り込まれ、実践が進められていると聞く。国際政治・行政の舞台で活躍する人にとって、その必要性は論を俟たないだろう。そうした実務の場面にいる人たち、あるいは今から関わる人たちにとって、どうすればフェアな介入・処置が可能か、どうすれば政策提案のための研究設計を組み立てられるのかを考察する上で、本書は良い指針を提供してくれる。

こうして本書を手に取ると良いと思われる読者像として、学生・院生、そして実務家と想起してくると、それにまさに適合するのが、OSIPPに関わる方々だということになるだろう(実は私自身もかつて大学院生として、2年の月日をOSIPPで過ごさせていただいた)。草創期から学際性を重んじ、学問と実務の架橋を模索してこられた国際公共政策研究科の大学院生の方々、卒業生の方々にとって、本書で取り上げられた分析手法、そしてその実践例は、研究にも実務にも資するものになる。本書を片手に、その著者自身の授業や指導を直接受けられるという幸運を享受しながら、貴研究科での学びをより充実したものにしていただければと思う。 


松林哲也『政治学と因果推論―比較から見える政治と社会』
(岩波書店、2021年)

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